5年学内選抜戦開始
学内選抜戦当日、流石にこの日には女子寮生は全員揃っていて、授業もお昼の前までで終わらせており、5年生女子全員で揃ってお昼を食べました。
夜は祝勝会だから、などと気の早いことに遠慮するような生徒は勿論いませんでしたので、皆さん、景気よくおかわりまでされていました。
「やっぱり私も出たかったな」
メルが呟いたのと同じような会話が食堂内の至る所でされていて、それと同じくらい、激励といいますか、応援といいますか、意気込むような声が聞こえてきています。
「ルーナとは実習で一緒に戦ったり、お城で訓練させてもらったりしたことはあったけど、学院ではあんまりしてないからね」
「でしたら、別に収穫祭を待たずとも、普通の日に誘っていただけたらいつでも相手になりますけど?」
食堂のあちらこちらから椅子を引いて立ち上がるような音が聞こえてきました。
「本当、ルーナ?」
「え、ええ。もちろん、模擬戦の話ですよね?」
念のため確認すると、メルは頷いてくれましたけれど、周りからは少し残念そうな空気も流れてきました。一体、皆さん、何を期待されていたのでしょうか。
「じゃあじゃあ、今度、暇な時にでも、この前の収穫祭でセレン様たちがなさっていたような試合をしようって提案したら、ルーナは受けてくれるの?」
「ええ。私が暇な時でしたら」
私の体力、魔力にも限界がありますから、一日で全員と、というわけにはいかないでしょうけれど。
どうやらメルだけではなく、皆の興味を惹いたようで、ざわざわと余計に落ち着かない雰囲気になってしまいました。
私は手を叩いて注意をこちらに向けます。お喋りはぴたりとやんで、食堂が静まり返ります。
「ですが、その前に目の前に迫っている、具体的には今日の放課後に迫っている学内選抜戦に集中してくださいね。私も負けるつもりはありませんので」
当然よ、やってやるわ、任せといて、などといった声が飛び交います。
「私たちは応援だけど、寮からでも力を送るからね。なんか、こう、すごい力とかで」
「私も」
随分とふわふわした力ですね、などとは言わず、とても嬉しいことだったので、ありがとうございますと微笑みました。
「ルーナが微笑みかければ大抵の男子は行動不能よね」
「人類の過半数には有効な攻撃ね」
人を歩く災害みたいに言わないでください。
「あまり気張らず、自分に出来ることをやりましょう。楽しまなければ意味がありませんから」
セレン様がこのような方式にされたのにも、きっと楽しむということが前提にあるのだと思います。もちろん、こうした方が大勢の生徒が、ある意味での実践を経験出来るということもあるとは思いますけれど。
「先輩方がつくられたこの3年間の波に、私たちも乗っかりましょう」
シュロスの号令に、大きな歓声が上がり、戦意は上々といったところでした。これならば問題ないでしょう。
「じゃあ、攻めと受け、じゃなかった、攻めと守りの人員を決めましょうか」
それ自体には賛成なのですけれど。
「アーシャ、サンティアナが言っていた受けというのは、守りの方の陣営のことでいいのですよね」
なぜ言い直したのかは分かりませんけれど。
「ルーナはねー、まだ知らなくてもいいことなんだよー」
いつもと違う雰囲気のアーシャが、とても優し気な瞳で私を見つめながら頭を撫でてきました。周りの皆も温かな視線を送ってきています。
「どうして急に子供扱いされるのでしょうか」
こうして最後にメルを頼ってしまうのは良いことなのでしょうかと思いつつ、メルの方へ顔を向けます。
「かわいい……、ごほん、そうじゃなくて、あのね、ルーナ、攻めとか受けとかって言ってたのはね」
私が何を想像したのかはとても人には教えられませんけれど、大層顔が熱くなって、皆にからかわれたという事実は変わりません。
「ルーナ。選抜戦が終わった後、もちろん勝つから、その後の祝勝会が終わった後にでも、お部屋でしっぽり、じゃなかった、しっかり教えてあげるから」
アーシャの指と目がすごく怖いです。
「ありがとうございます。けれど結構ですよ、アーシャ」
鋼の笑顔でアーシャたちを跳ね返して、私はお昼を続けました。
そして放課後、一日の授業を終えた4年生までの寮生がそれぞれの寮へと戻ってきて、しばらくの休憩がとられると、学内選抜戦が始まります。出られなかった寮生の声援が寮から聞こえてきています。
「ルーナーっ」
「ルーナ様ー」
私が皆の前に立ってよく聞こえるように台の上に立つと、私の言葉を待つように辺りが静まり返り、物音の一つも聞こえなくなります。
ちなみに、私が台の上に立ったのは、声がよく聞こえるようにという配慮の結果で、別に、私の身長が低いとか、そういったことではないはずです。シエスタ先輩も使われていましたし、変なことではないと思います。シエスタ先輩のときよりも、若干、高いようにも感じられますけれど気のせいでしょう。
「皆さん、ご存じの事とは思いますけれど、私たち女子寮は過去3年間勝利し続けています。もっとも、私が最初に出させていただいた4年前には負けてしまったのですけれどね」
結果がじゃんけんとは言いませんでしたけれど、何となくこの場の空気が沈んでしまいました。
「とはいえ、私たちに出来ることは全力を持って彼らのお相手をすることです。同じ学院、同じ組、中にはお付き合いしている方もいるのかもしれません」
観客の中からも、少なくはない数の顔が伏せられました。
「私は負けるつもりも、逃げ出すつもりも、少しもありません。代表の皆さんは、思う存分、伸び伸びと楽しんでください。後ろには私がいるのですから」
自信過剰ともとられなくもない発言でしたけれど、この場に気になさるような方はいらっしゃらず、士気をあげる効果は十分のようでした。
「では、悔いのないように、闘って、戦って、楽しみつくしましょう」
私たち、女子寮の歓声と、遠くから聞こえてきた、おそらくは男子寮の歓声が重なり、高らかに開始の合図が、茜色に染まりつつある空の下に響き渡りました。