採寸、試着
春季休暇、お城に戻ってきた私を待っていたのは採寸と試着の応酬でした。
「はい、手を上にあげてじっとしていてくださいね」
ドレスを脱いで下着姿になった私は、妙に楽しそうなメイドさんたちに言われるがまま、されるがままに身体にメジャーを巻きつけられたりしていました。
「……これまでの成長分から考えると……このくらいですね」
測り終えられると、一つ一つ、数字をメモされます。
部屋の中は暖かく、下着姿のままでいても風邪をひいてしまうようなことはないと思いますけれど、なんとなく、心細いものがあります。
「あの……私たちまで計られる必要はないのではないでしょうか……」
大層恐縮した面持ちで、メルとメアリス、ルノが同じように採寸されています。
「では皆さん、結婚式にご出席される用のドレスはお持ちなのですか?」
メルたちが最後にドレスを着たのはお姉様の結婚式、昨春のことですから、どことは言いませんけれど、あのころからは随分身体的な成長があるため、おそらく以前のものは入らないことでしょう。
「……いえ」
メルが力なく首を横に振ります。
「でしたら、これは必要なことです。ドレスを縫うのにも、サイズは勿論、デザイン、他にも色々準備しなくてはなりませんし、その度にお城へ戻られるのも大変でしょう。ですから、今のうちに出来る分だけ計っておいた方が何かと都合が良いのです」
「ですけど」
「もしや、結婚式に学院の制服で、などとはお考えになっていらっしゃいませんよね?」
どうやら図星のようで、メルがうめき声をあげています。
「ドレスコード。アルヴァン様やカレン様の結婚式にご出席されたのですから、当然、ご存知ですよね?」
「もちろん、アルメリア様、アリーシャ様より贈られていることは存じ上げております。で、す、が、それとこれとは別の問題です。私どもの喜びを奪わないでいただきたく思います」
メルたちはここへ来た当初から、事あるごとにアルメリア様に服などを贈られています。お母様からも同様で、サラも含めて、すでに新築とは言い難い孤児院に、食器や家具、ベッドなど、すでにあるものまで、今でも送られてきています。
ちなみに、シエスタ先輩のメイド服ですが、夏季休暇に仮に着用されていらした分から試算されて合わされたサイズのメイド服がすでに用意されていました。こちらは色違いの同じデザインですから準備にも時間はかからなかったのではと推測されます。
「納得していただけたでしょうか?」
「……はい」
メルが観念したように頷きます。
「では、後のことは私共にお任せください。完全なものをお作りいたします」
最初は恐縮していたメアリスとルノも、メイドさんたちの話術にすっかり取り込まれたようで、今では一緒になって立派な着せ替え人形を演じています。
「私共のことはお気になさらず。これが私共の戦闘服ですから」
メイド服の裾を広げて、赤金髪の長髪を翻されて一回転されると、お城で働いていらっしゃるメイドさんの一人でいらっしゃるドゥニさんは見事にお辞儀をされました。
「ちなみにセレン様は」
この場にいらっしゃらないことが少し気になって尋ねました。
「セレン様、ルグリオ様、お二人とも先日採寸を終わらせておいでです」
「それに、お二方はとうに学院をご卒業なさっているので、今でなくとも採寸させていただくことは出来ますし」
こんなものですね、とサイズの計測がひと段落すると、型紙を用意されるようで、数名が部屋を離れられました。
私たちも別の部屋へと移動させられました。
「ではデザインですが、どのようなものが良いでしょうか。何かご希望はございますか」
一応、こちらでもいくつか候補はあるのですが、と、数十枚のデザイン画を広げられます。
「こんなに……」
「これでも一応厳選致したのですよ」
「皆、自分のデザインこそ一番だと引かず、コンペも開催して、国王様、王妃様、それからセレン様、ルグリオ様にもお選びいただきました」
私の前にも、ウェディングドレスだけだというのに、同じくらいの分量のものが広げられました。
ドレスは勿論の事、髪飾り、ブローチ、ミュール、グローブ、ブーケ、その他様々な装飾品、色や形、素材、それなりに、おそらくは学院の寮の食堂よりは広い部屋だと思われましたけれど、机やシートでいっぱいでした。
「どうぞ是非お手に取ってご覧ください」
「鏡も、大きい姿見のものから小さい手鏡まで、各種取り揃えております」
「もちろん、ご希望が御有りでしたら遠慮なくおっしゃってください」
私は少し思うところがあり、失礼しますと退室すると、自分の部屋まで戻りました。
大切なものを仕舞っている机の引き出しを開けて入っている物を確認すると、うっとりと手に取ります。
「あまりお待たせしてしまうといけませんね」
いつまでも撫でていたい衝動に駆られましたけれど、それはいつでもできることです。あまりにも勿体なく、今までつけることは躊躇われていたのですけれど。
落としてしまわないように収納すると、そんなことはありえないと思いますけれど、私は元の部屋へと戻りました。
「お待たせいたしました」
指輪やマフは適さないと思ったのでおいてきましたけれど、他の私の大切な宝物をお見せします。
「こちらもつけてよろしいでしょうか?」
紫水晶のついた腕輪、月を象ったブローチ、蝶々の髪飾り。
学院にいる間につけていた物もありますけれど、今では大切に仕舞ってあります。
「もちろんです。ではそちらに合わせて、他の物を選びましょう」
結局その日に決定することは出来なかったのですけれど、随分と幸せな時間を過ごしました。