送る側もこれで終わりなんですね
卒業式は粛々と行われているようでした。会場から一番近い位置にいる私たちのところへは、中から先生方や来賓の皆様のご挨拶が所々聞こえてきています。
もちろん、ルグリオ様も祝辞を述べられていました。セレン様のお声は聞こえなかったので、立たれることはなかったのだと思いますけれど、きっといらしていることでしょう。
「送辞。在校生代表、シキ・セーヤ」
在校生の中から卒業式に出席するのはこの一人だけで、先生方が選んでいらっしゃるのだそうです。椅子を引くような音が聞こえます。
「ルーナは頼まれなかったんだね」
隣にいるメルが耳元で囁きます。
「ええ。きっと、答辞を述べられる卒業生の代表がシエスタ先輩なのでしょう」
シエスタ先輩は女子寮の寮長、正確は前寮長ですけれど、両方とも女子寮の生徒というのは遠慮されたのではないでしょうか。
「ふーん。ルーナの方が適任だと思うけどな」
「メル、その発言は良くないですよ」
私はメルを嗜めます。同時に近くにいた数人が、飛び火しては敵わないとばかりに、それとなく私たちから顔を逸らしました。
誰の方が適任、ということはありません。誰しもが卒業生に対する思いを胸に抱いているはずですし、そこに大小をつけることは出来ません。
もちろん、頼まれたならば断わることは致しませんし、少しばかり残念に思う気持ちはありますけれど。
「そうかも……そうだね。ルーナの答辞まで待つことにするよ」
「まだ私がするとは決まっていませんよ」
大分気が早いメルの発言に、わずかな笑いを漏らすと、中から拍手が聞こえてきました。おそらく送辞を終えられたのでしょう。
「答辞。卒業生代表、シエスタ・アンブラウス」
「はい」
私たちが黙っていると、シエスタ先輩の綺麗な凛とした声が聞こえてきました。
これが終わると、本当に卒業式も終了します。
並んでいる皆さんが目頭などを押さえられているのを見ると、私も熱いものがこみ上げてきました。けれど、私たちのせいで先輩方の門出に憂いを残させるわけには参りません。
「皆さん、準備はよろしいですか」
念のため、最終確認を行います。
声は聞こえず、確認を取るように顔が次々と隣へ向けられます。
頷きが帰ってくるのを確認して、私たちが静かに頭上に花のアーチを掲げると、手前から順番に次々花道が出来上がります。。
扉が開かれ、中の光が漏れ出すと同時に、割れんばかりの拍手が沸き起こりました。同時に花吹雪も舞い散ります。
シエスタ先輩を先頭に、先輩たちが笑顔で花道を通られます。
「ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
次々と先輩方が花吹雪に送られて、アーチを潜られながら、女子寮の方へと向かわれます。
たくさん用意された花吹雪は、先輩方が全員通り過ぎられても尽きることはありませんでした。
全員が通り過ぎられ、私たちのところから姿が見えなくなると、私たちはアーチを下げて、揃って女子寮の方へと向かいました。
毎回の光景ではありますけれど、先輩方は寮の近くに集まっていらっしゃって、別れを惜しまれたり、記念を残されていたり、本当に最後なのだなという感じでした。
いつもの事なので、すでに驚くのはやめましたけれど、私のところにも先輩方はいらっしゃられて、頼まれるまま、されるがままに、抱擁したり、されたり、お別れのキスを送ったり、送られたりしました。
「ああ、こうやってルーナを抱きしめるのも、抱きしめられるのも最後なのね」
「シエスタがお城にいるのなら、遊びに行っても構わないかしら。……気おくれはするけれど」
「そうよね」
うっとりされるような表情、躊躇われているような表情、何とも言えないような表情、様々な表情を浮かべられている先輩方に私は笑顔で声をお掛けします。
「是非いらしてください。きっと喜ばれます」
うっかりヴァスティン様やアルメリア様のお名前を出すようなことは致しません。それではますます遠慮されてしまいますから。
「そうよね。新兵として、もしくはそれ以外でも、他にも聞いた話では、他の学校からも、学校以外からも雇用されるみたいだし、私も志願してみようかしら」
「え、ポーラ、働き口は決まってたんじゃないの」
「えー、でも、お城で働けるなんて夢みたいじゃない。あっ、お城とは限らないんだっけ」
私も詳しいことは分かりませんけれど、と前置きをして、知っていることをお話しました。
誰かがやるだろう、ではなく、こうして率先して引き受けてくださるような方々がいるのはとっても嬉しいことです。
「近々、もしかしたらもう出ているのかもしれませんけれど、お城からの常時の依頼として、組合の方へも通達がなされるはずです。そちらの方が確実かもしれません」
親を亡くした子供、特に就学前の子達は学院にいることも出来ませんから、新しく造られた孤児院や、もしくはそれぞれの働き口へ預けられることになります。
お城の方からの監査も入ることにはなっていて、勤労形態も守られます。
もちろん、そういった子供たちがいないに越したことはないのですけれど、私たちも遭遇したように、事実として彼らは少なくない数いるのです。
「私は冒険者にはならないけど、遠出するようなことがあれば気にかけてみるね」
「ありがとうございます」
私がお礼を言うようなことではないのかもしれませんけれど、私が言っても構わない事なので頭を下げました。
大分経ってから、ルグリオ様とセレン様もいらっしゃいました。後ろには、最後だからなのでしょうか、男子の卒業生の方々、男子寮の生徒もついて来られていて、ちょっとした行進のようでした。
「まあ、最後くらいはね」
セレン様もそうおっしゃられていましたし、トゥルエル様方、寮母様方も何もおっしゃるつもりはないようでした。
もちろん、お二人ともすぐに卒業生の方々に囲まれていて、姿が見えなくなってしまいました。
私の方は少しばかり解放されて、助かったとも思わないこともなかったのですけれど。
その波も治まるころになると、私も部屋から荷物を持ってきて、正確には収納して、卒業生の先輩方が学院を去られるのを見送りました。
「シエスタ先輩は一旦戻られるのですか?」
最後まで残られていたシエスタ先輩に尋ねます。
「いえ。両親にはすでに説明を済ませてありますし、先程、ルグリオ様、セレン様にもお誘いを受けましたので」
どうやらこのままご一緒にお城へと向かわれるみたいです。
「随分待たせちゃったみたいだね」
在校生だけとなった女子寮の前に、ルグリオ様とセレン様が残られました。
「また春に会いましょう」
アーシャたちに挨拶を済ませると、私とメルは、レシルとカイ、それにシエスタ先輩と一緒に、ルグリオ様、セレン様に続いて校門をくぐりました。