最初のお仕事
初めての雪がしんしんと降り積もる中、白金の髪をたなびかせ、一番最初の足跡を残されながら、シエスタ先輩が学院へとお戻りになりました。
馬車が学院へと到着したとの知らせを受けた時から、先輩方は全員、出迎えに集まられたようでした。
「おかえり、シエスタ」
多くの、シエスタ先輩以外の全員の、女子寮の先輩方に出迎えられて、玄関先、ホールは人で溢れ返っています。
「……ただ今戻りました」
シエスタ先輩はその光景に目を見開かれて、驚かれていた様子でしたけれど、一瞬の後にはふんわりとした笑顔を浮かべられました。
本当にギリギリまで実習へと赴かれていらしたシエスタ先輩が無事にお戻りになられたので、5年生の先輩方は安心されたような顔を浮かべられました。
「体調の方は大丈夫よね?」
シンシア先輩がシエスタ先輩の手をギュッと握られます。
「心配性ですね、シンシア。私は見ての通りですよ」
シエスタ先輩は目を細められて、一足早い春を感じさせるような微笑みを浮かべられました。
寮内へ入ると、シエスタ先輩は管理人室の扉に寄りかかられているトゥルエル様の前で頭を下げられました。
「ご心配をおかけしました。シエスタ・アンブラウス、ただ今戻りました」
「うん。無事に戻ってきたようだね」
トゥルエル様への挨拶を終えられたシエスタ先輩は、そのままふりむかれると、私の下まで歩いていらっしゃいました。
膝をつかれようとされたので、お止めしようとしたときには、流れるような完璧な、洗練された仕草で、私の前で畏まられていました。
「ルーナ様。ルグリオ様より言伝を預かっております」
シエスタ先輩はその姿勢のまま、一向にお顔を上げようとはされません。
「お顔をお上げください、シエスタ先輩」
おそらくは、この場にルグリオ様がいらっしゃらないことから推測するに、卒業式の日までこちらに来られなかったことに対するものなのでしょうけれど。
「こちらには卒業式の当日までいらっしゃることが出来なかったとのことで、謝罪の言葉を賜って参りました」
果たしてその通りだったのですけれど、シエスタ先輩に言伝られてまでおっしゃられずともよいことでしたのに。
「春休みの際のお迎えには必ず参られるとのことです」
「分かりました。ありがとうございます、シエスタ先輩」
数日後に卒業式を控えられながらも、そのような雰囲気など微塵も感じられなかったのですけれど、先輩方の輪に入られる直前、ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべていらっしゃいました。
「先輩たち、大分盛り上がってるね」
アーシャと同じような話が其処彼処でされているようですけれど、やはりどこか空元気も混じっているのでしょうねと思うと、1年後の自分の姿を重ねてしまいます。
私は笑って卒業することが出来るのでしょうか。それとも泣いているのでしょうか。何も感じないということはないでしょうから。
「ルーナ。私たちはまだ1年先だよ」
私の考えを読んだらしいアーシャがそういうので、振り返ると、いつの間に集まってきてくれていたのか、周りにはクラスメイトをはじめ、4年生皆が輪を作っていました。
「卒業したって終わりじゃないって言ってたのはルーナじゃない」
「そうそう。それに私たちにはまだまだ先の話よ」
「寂しくならないくらいの思い出を、もっとたくさん作ればいいのよ」
その通りですね。どうやら大分先走ってしまったようです。
「そのためにも、今度の試験には全員受からなくてはなりませんね」
皆からため息が漏れて、それに多くの笑いが噴き出したのが聞こえて、私たちは大声ではありませんでしたけれど、楽しく笑い合いました。
当日は、雪こそ降っていなかったものの、降り積もった雪が融けてしまうこともなく、中々に寒い中での卒業式となりました。
「失礼します」
朝早くから、私たちは綺麗に箱に入れられたピンクと白の花のコサージュを手に持って、5年生の、卒業生のお部屋へ伺いました。
「ご卒業おめでとうございます」
制服の胸に一輪の花をお付けします。
4年生としてのお仕事で、先輩方にして差し上げることのできる、残り少ないものの一つです。
「ありがとう」
この日ばかりは、シエスタ先輩にもどうか敬語を使わないでくださいと繰り返しお願いしていたため、自分で頼んでおきながら、敬語を使われないシエスタ先輩という、珍しいものを拝見できて、少し驚いていました。この時には、1年後、自分に帰ってくるなどとは夢にも思っていなかったのですけれど。
「ルーナ。少しいいですか」
もうすぐお呼びがかかるはずですけれど、予想はしていたので、特に焦ることもありませんでした。
アーシャの顔を見ると、こっちは大丈夫と目で合図されたので、私はシエスタ先輩について、別室へと向かいました。
「先輩にそう呼ばれたのは初めてでしたね」
シエスタ先輩に続いて、誰もいない部屋に入り、静かに扉を閉めます。
「申し訳ありません、ルーナ様」
シエスタ先輩が笑顔を漏らされたので、私もつられて笑みをこぼしました。
「ご卒業おめでとうございます、シエスタ先輩」
「ありがとうございます」
私はシエスタ先輩が言葉を紡がれるのをただじっと待っていました。
「……私がキャシー先輩から受け継いだときには、ルーナ様もいらっしゃいましたから、ご存じの事と思いますけれど」
卒業式の当日まで、引き受けるのを渋っていらっしゃいましたよね。
「本当に名ばかりで、大したことは出来ませんでしたけれど、それでも、ちゃんと学院にも通うことが出来ましたし、4年生からの2年間、ルーナ様とお会いしてからは、本当に楽しく過ごさせていただきました」
私は首を横に振ります。
「いいえ、シエスタ先輩。それは私の力ではありません。シンシア先輩やシルヴィア先輩、5年生の先輩方こそ、大いに影響を与えてくださったのではありませんか」
もちろん、私たち、4年生以下、3年生、2年生、そして1年生のおかげということが、ないとは言えませんけれど。
「はい。本当に、シンシア達にはお世話になりました」
どこか遠くを見ているような目をされていたシエスタ先輩のお顔が、真っ直ぐに私を捕らえます。
「ルーナ・リヴァーニャ」
「はい」
私もシエスタ先輩のルビーのような真っ赤な瞳を正面から受け止めます。
「女子寮を、学院をよろしくお願いします。引き受けてくれますね」
「承りました。女子寮長の任、謹んで拝命致します」
私がシエスタ先輩と女子寮外へ出ると、5年生の先輩方も、まだ会場へと向かわれていませんでした。
早くしなさい、という声が遥か前方から掛けられています。
「済んだのね」
「ええ」
シエスタ先輩がそれだけ答えられると、先輩方からは弛緩したような空気が流れてきて、どなたからとも限らず、自然に会場へと足を向けられました。
「ルーナ」
私の方へも、アーシャをはじめ、皆が集まってきていました。
「先輩方の最後の、そして門出の花道を、盛大にお祝い致しましょう」
それが私が寮長として最初に皆さんにお願いしたことでした。