現地実習終了
当然のごとく、トゥルエル様にもこってりと絞られた私たちは、のんびりとお風呂に入っていました。
寮へと戻るなり、玄関先でお待ちになっていらしたトゥルエル様に、なぜ帰ってくるのが分かったのかなどといった疑問を挟むことは出来ず、そのまま管理人室へと文字通り連行されて、つい先ほどまで馬車の中と同じように正座させられていました。
「しんどかったね」
アーシャが言っているのは竜討伐の件ではなく、先程までのお小言の件でしょう。
年齢不詳の紺色の髪のお姉さんは、いかに私たちが無謀なことをしでかしたのかをつらつらと語られ、皆の夕食が終わるころまでたっぷりお説教をしてくださいました。シフォン様が来てくださらなければ、まだまだ延々と続けられていたことでしょう。
「私たちまだ生きてるよね」
メルが確かめるように天井へ向かって手を伸ばし、手のひらを握ったり、開いたりしています。
「うん」
ふよふよと湯船を漂っているシズクも、天井を向きながら感慨深げにつぶやいていました。
何はともあれ、私たちは黒竜と戦って生き残りました。大きな、治癒不可能な怪我を負うこともなく、こうして4人で揃って帰って来られたのは、運が良かったのか、それとも私たちの実力なのでしょうか。
「1年生の頃はあの豚に手こずっていたのにね」
アーシャにつられて、私は最初のお花摘みに出かけた時のことを思い出します。きっと、メルもシズクも同じことを思い返していたのでしょう。
食堂に飾る花が欲しいと言われて摘みに行っただけだったのに、ワイルドボアだけではなく、予定外のシルヴァニアウルフにまで襲われて、イングリッド先輩とロゼッタ先輩に助けていただいたこと。
「今なら私でも大丈夫かな」
「メルなら大丈夫ですよ」
私も、あれから体力をつけるために運動や、実力を高めるための訓練に励みましたから、過信しすぎているかもしれませんけれど、今ならば一人でも十分に相手取ることが出来るのではないかと思っています。
「これでこの4人での実習も終わりかあ……。なんとなく寂しくなるね」
アーシャが呟いた一言が、静かな浴場で響き、しばし無言の時間が続きます。響いてくるのは天井についた水滴が湯船や床に落ちる音だけです。
「学院の授業としての実習がなくなるだけで、5年生になっても私たちで集まることはできますよ」
進路が違ってきますし、今のようにはいかなくなりますけれど。
アーシャやメルは冒険者、もしくは似たようなものを志していましたから、これからも一緒に行動できることがあるかもしれませんし、シズクもご実家にいるとしても、いつも、ということはないでしょう。
シズクの方を見れば、首を縦に振っています。
卒業へと向かうのですから、私にだって寂しいと思う気持ちはありますけれど、これで永遠に会えなくなるわけでもありませんから。
「そうだけどさ……。そうだね。でも、ルーナは……、いや何でもない」
「私だって、ずっとお城にいるわけではありませんよ」
忙して、そのような暇が今のように簡単には出来ないと思いますけれど。
もちろん、アーシャの言いたいことは理解しています。
仮にも、いえ、仮ではなく、私たちは立派、かどうかわかりませんけれど、王族ですから、気軽に会いに来て良いと言われたところで、簡単に心理的な壁が取り払われるものでもないのでしょう。
こう言ってはあれですけれど、お城の傍、厳密には増築されているのでほぼ敷地でつながっていると言ってもいいでしょうけれど、ヴァスティン様の命により建設された孤児院の位置が特別なのです。
今はまだ、子供たちも、気軽にお呼ばれされていたりしますけれど、もしかしたら、気後れするようになる時がくるのかもしれません。そしてそれはそんなに遠い未来ではないのかもしれません。私たちが5年生になれば、いよいよ、メアリスが入学してきます。
「少し現実味はないかもしれませんけれど」
自分で言ったことですけれど、基本的に学院を出れば連絡を取る手段と言えば手紙、もしくは口頭、組合等の掲示板などになります。
気軽に出歩くことが出来るとは思えない私には少し難しいかもしれません。勝手に転移の魔法を使うわけにもいきませんから。
「まだ大丈夫ですよ。少なくとも5年生、学院にいる間は『学業』を優先させてくださるはずですから」
もちろん、準備はたくさんあるでしょう。卒業するのは冬の中ほど、結婚式及び戴冠式は春の初めに執り行われるはずなので、わずかではありますけれど、時間差もあるはずです。
「そうだよね。精神面でも、ルーナに頼ってはいられないもんね」
アーシャは何事かつぶやくと、よし、と湯船から立ち上がりました。
「あんまり遅くなっても心配されるから、そろそろ行こうか」
「そうですね」
私たちは身体を洗って、お互いに背中を流し合ったりして、実習に幕を下ろしました。