表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/314

他人のものを盗るのは泥棒

「本当にやっつけたのかな?」


 崖下へと向かう途中、メルが不安そうに口を開きます。


「わかりません。あちらの戦闘継続能力はかなり落ちてはいると思うのですけれど……」


 おそらく守っているようなものがないと思われる口内に攻撃が命中したはずですし、機動力を高める翼も今は使い物にならなくなっているはずです。竜が治癒の魔法を使えるのならばどうなるか分かりませんけれど、おそらく、その可能性は低いでしょう。

 ほとんど外敵に襲われる心配のない彼らが自分を治癒する必要が出てくるとは思えませんし、であるならば、治癒の魔法が使えるというのも考えにくいです。

 回復が異常な速度で行われるのならばその限りではありませんけれど、そうであったのならば、すでにこちらへ向かって再度攻撃を仕掛けて来ていてもおかしくはないはずです。ですからこの線も薄いでしょう。


「まあ、何にしても自分の目で確かめないことにはね」


 先頭を行くアーシャがそう言って立ち止まります。

 近くで見ると本当に大きいです。

 黒光りする鱗からは焦げたような匂いがしていて、其処彼処からプスプスと消火後のような音が聞こえています。

 巨大な翼は捥げかけていて、力なく垂れ下がっています。

 こちらに気がついたのでしょうか、黒竜がぎろりと鋭い眼光と共に私たちに向かって口を開きかけましたが、半開きのその口からは何も発せられることはありませんでした。


「まだ息があるみたいですね」


 可哀想ではありますけれど、こちらも生きていく上では色々と、金銭等、入用なのです。


「私たちの明日からのご飯のために、ここで倒されて下さい」


 私たちは突っ伏して倒れている竜の頭の左右に分れると、首を落としにかかりました。


「これでさすがに大丈夫でしょう」


 アーシャが額の汗を拭うような仕草をしながら息を吐き出します。実際には汗をかくような気候ではありませんけれど。


「でも、大丈夫なの、ルーナ」


 メルが心配そうに私を振り向き、シズクも同じような表情でこちらを見つめてきています。


「おそらく大丈夫だとは思いますけれど」


 これほど大きなものを収納したことは今までありません。セレン様はログハウスやらなにやらたくさん収納されているので、魔法としての限界的には大丈夫だと思うのですけれど、私の実力的にどうかという話になりますと、実際に試してみないことには分かりませんと答えるほかないでしょう。


「ダメだった場合には、多少反則気味ではありますけれど、転移して運んでしまいましょう」


 説明が面倒なことになりそうですけれど、何とか誤魔化すことは出来るでしょう。


「じゃあ、ちょっと休憩させて」


 攻撃を避けながら応戦し、かなり限界まで魔力、体力、そして精神力を使っていたのでしょう。

 アーシャのその言葉を皮切りに、メルとシズクも地面にぺたりと座り込みます。


「ルーナは元気だね」


「そんなことはありません。体力的には大分限界ですよ」


 ですが、ここで全員で倒れ込んでしまうわけにはいきません。いざという時にすぐに行動できる者が一人はいなくてはなりませんから。


「とりあえず、ミーシャさんに相談にいきましょう」


 その場に、当然ではありますが、黒竜を放置して、私たちはミーシャさんのいる馬車まで戻りました。





 私たちの報告を聞いてミーシャさんは大層驚いている様子で、乾いた笑いを漏らしていらっしゃいました。


「そうですか、お疲れ様です。とはいえ、確かに問題ですね。実物を見てみないことには何とも申し上げられませんが」


 私たちは再度、ミーシャさんを伴って、崖下へと降りて行きました。

 実物をご覧になったミーシャさんからは、感心されたようにお褒めの言葉をいただいたのですけれど、私たちが思わず微笑みを漏らしていると、ですが、と続けられました。


「残念ながら、この大きさの黒竜を馬車で運ぶことは出来ません。かといって、この場にこのまま放置しておけば、ますます竜たちを呼び寄せてしまうことになり、それはご免被りたいところですね」


 息絶えた竜、いわば同族にとってのご馳走を、そのまま放置しておけばどうなるか想像に難くありません。今はまだ気づいてはいない様子なので、大丈夫そうではありますけれど。

 仕方ないので、ミーシャさんには一旦馬車に戻っていただいたのち、私が転移で組合近くまで運んでしまおうと思っていたのですけれど。


「だったら、俺達がそいつを処理しといてやるよ」


 黒竜とは反対側、私たちが歩いてきた方から悪そうな笑い声と共に、声が掛けられました。

 振り返ると、6人ほどの冒険者のパーティーと思われる方達がこちらへ向かって悪そうな笑みを浮かべていらっしゃいました。


「どなたでしょうか?」


 こちらへの悪意を持っていそうだということはほとんど確定的でしたけれど、決めつけてしまうわけにはいきません。もし、それが真実であった場合にも、大義名分が得られるように、尋ねておくことは重要です。

 

「俺達が誰かなんてことはどうでもいいだろ。とにかく、処理が無理だってんなら俺達によこせば、俺達が引き取ってやるよ」


 リーダーらしい、先頭にいらっしゃる男性がそうおっしゃられながらこちらへ近づいていらっしゃいます。


「ミーシャさん、彼らのことはご存知ですか?」


 依頼、もしくは実際の戦闘自体には不干渉でも、終わっているのならばミーシャさんも組合員の一人として私たちの味方であってくれるはずです。


「さあ、存じ上げません」


 ミーシャさんは彼らを一瞥した後、興味のなさそうな口調でおっしゃられました。


「他人のものを横取りするようなマナーの悪い、いえ、冒険者としての道に反するような方は私たちの知るところではありませんから」


 つまり、冒険者ではなく、盗賊か、それに類する輩ということでしょう。


「てめえ、この女……」


 なぜかわかりませんが、怒ったらしい彼らのうちの二人が、こちらへ向かって魔法を行使しようとして、リーダーと思われる男性に制されていました。


「ぶっ殺すのは後でも出来るんだから、今は待て」


「そっすね、こいつらも捕らえて売り飛ばした方が高くなりますもんね」


 本当にどうしようもない考えの方達ですけれど、この場ではかなりの危機だと言わざるを得ません。ミーシャさんの頬にも一筋の汗が流れ落ちていらっしゃいます。私はともかく、魔力の回復していないアーシャ達では、いえ、仮に回復していたとしても、こちらよりも相手の方が人数も多く、残念なことではありますけれど、経験もおそらくは戦闘技術も上でしょう。勝ち目は薄いと思われます。

 

「まあ、この国からおさらばしちまえば足がつくこともなくなるだろ」


 確実なのは、今この場で転移して離脱してしまうことですけれど、目の前の悪者相手に尻尾を巻くことになりますし、そのようなことは王女でなくても出来ようはずもありません。

 勇猛と無謀をはき違える気はありませんけれど、安全のために戦わなければならないこともあるのです。


「ミーシャさん、大丈夫そうですか」


「もちろん、私をあてにしていただいても構わないのですが……少し厳しそうですね」


 アーシャたちの様子を窺いながら、厳しい表情を浮かべられます。


「私たちなら大丈夫ですよ」


 アーシャもメルもシズクもそう言っていますが、先程までの戦闘の影響が残っていないはずもありません。


「覚悟はできたか、それじゃあ」


 彼らがこちらへ向かって踏み出し、私たちが立ち上がったところで、その場の誰もが動きを止めました。なぜならば。


「ルーナ、大丈夫っ」


 非常に焦ったような、怒っているような、心配しているような、そんなお顔をされたルグリオ様が私の目の前に突然いらっしゃったからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ