竜を狩る前に
「許可できません」
リリス先生へと報告に行くと、予想通り、否定の言葉が返されました。
「あなたまでこのような案に賛成されるとは思っていませんでした」
リリス先生の鋭い視線が私へと突き刺さります。
「賛成したわけではないのですけれど……」
「……とにかく、この件はルグリオ様にご報告させていただきます」
死刑宣告をいただいたような気持ちで、私はがっくりと肩を落としました。
リリス先生の瞳には滅多に見せないような苛烈なものが宿っているようで、しかし、アーシャたちは一歩も引いていませんでした。
「この程度の視線で怯むようであれば、即座に却下していたのですが……」
リリス先生の瞳がすっと細められます。
「私たち教師、及び学院にいる大人の役割は、生徒を教え導くこと、学院にいる間、親御様の目が届かないところにいる間、お預かりしている子達の安全を保障することです。それは分かっていますよね」
アーシャたちの反応を確かめながら、リリス先生は言い聞かせるように続けられます。
「たしかに、このエクストリア学院では生徒の自主性に任されているところが多分に存在しています。授業の選択然り、寮長の選出、対抗戦への出場枠決め、収穫祭での出し物、もちろん現地実習もそこに含まれています」
一律の時間割が定められているのは2年生までですし、収穫祭での出し物は言わずもがな、寮長の選出は先代の寮長による指名、対抗戦の出場枠は男子寮と女子寮の戦いの勝者。
後者2つに関してはセレン様がお決めになったということらしいのですけれど、それにしても一生徒のセレン様の意見が採用されるというところには、普通の感性ならば驚かれても当然と言えるでしょう。
「ですが、今回あなた達が持ち込んだこの事案は、明らかに通常の枠組みを超えているということは理解できますよね」
これが理解できないようであるならばそこで終わり、と退路を消すようにリリス先生は説得を続けられます。
「あなた達が卒業した後のことまでは私たちに責任を持つことは出来ません。竜を狩りに行って食い殺されようが、盗賊に捕まって売り飛ばされようが、迷宮で彷徨って出てこられなくなろうが、全て自身の判断、そして選択の結果なので、私たちがとやかく言うことはありません。どうぞお好きになさってください」
ある種、突き放した、冷たくとられるおっしゃり方でしたけれど、生徒のことを本気で心配してくださっていることは痛いほどよく理解できたので、全員、黙ったまま聞いていました。
「ですが、学院の生徒である間、私たちはあなた方に対して、あなた方がどう思おうと、責任を持たなくてはならないのです。先日、誘拐されたばかりのあなた達にはそれが分かっているのではないかと思っていたのですけれどね……」
アーシャたちの瞳を確認すると、リリス先生は深いため息をつかれました。
「……そうですか。分かりました。制度上、禁止されてはいないので、一応許可は出します。毎度毎度、この手の報告書を持ってくる組は少なからずいて、全員にそのことは説明しているのですが」
告げられた言葉がリリス先生の内心を鮮明に表しています。
くれぐれも、とリリス先生は報告書にサインされながら念押しされました。
「無茶はしないでください。無理だと思ったら撤退すること。治癒の魔法にも限度、限界というものはありますからね。良いですか?」
「分かりました」
私たちと一緒に学院を出られたリリス先生と馬車で別れると、リリス先生はお城の方へ向かって、私たちは組合へと向かいました。
「はい、分かりました」
対応してくださったソフィー先輩は、かなりの間を空けた後、笑顔で受理してくださいました。
「私も学生のころには結構無茶をして、先生方とか寮母さん、トゥルエル様とかによく怒られたものよ」
今となっては良い思い出ね、と微笑みを漏らされます。
ソフィー先輩が、結構、とおっしゃるのですから、周りの方からみれば、それは無茶というよりも無謀の域だったのではないでしょうか。
「絶対大丈夫とは言わないけれど、私はこの通り、今でも健在よ」
ソフィー先輩は自慢気に腰に手を当てられて、胸を張られました。
「まあでも、一応先輩として助言を」
ソフィー先輩はそれまでの笑顔を消されると、今までお見受けしたことのないような真面目な表情をおつくりになって、顔を近づけられました。
「少しでも無理だと思ったらすぐさま撤退なさい。無茶して良い結果に転がることはほとんどないわ。被害を食うのは自分ではなく、周りの、大切な人なのだということを自覚して、慎重に慎重を重ねて行動しなさい」
これは餞別よ、とソフィー様は数本の瓶に入った飲み物のような代物をくださいました。
「中身は魔力を補給するための薬よ。多用は良くないけれど、どうしようもなくなったら使いなさい」
「これは、高価なものではないのですか?」
「そうでもな……いえ、そうね。だから、必ず報酬からその分の金額を払いなさいよね」
「ありがとうございます」
私たちが組合を出ようとすると、他にも何人もの方に話しかけられました。
「お嬢ちゃんたち、ドラゴンを狩りに行くんだってな」
「ほら、これも持ってきな。返してくれればいいからよ」
「お前、美少女の使ったものが欲しいだけじゃないのか」
そう言って次々に馬車の中へと放り込まれます。
「おいおい、これじゃあ進めねえだろうが」
「ははは、そうかもな」
外へ出ていらした方達は、笑いながら中へと戻って行かれました。
「良いのですか」
「うん、ルーナ」
最後確認とばかりにアーシャたちの方を振り返った私は、頷いたのを確認すると、いただいたものを全て収納しました。
そのせいで、馬車は進めるようになってしまいましたけれど。
「すみません、ミーシャさん」
よろしくお願いしますと告げて、馬車に乗りこんだアーシャたちを尻目に、私は再度、ミーシャさんに頭を下げます。
「謝られる必要はございません。どのようなところでも、進むことが出来るのならば、そこへお客様をお連れするのが私たちの仕事ですから」
私が乗り込むと、馬車はゆっくりと目的地、竜峰付近へと向かって進み始めました。