寮長対戦 3
ルグリオ様とセレン様は戦い、この模擬戦を楽しんでいらっしゃるご様子でした。
見ている人たち、学院の生徒や来てくださっている国民の皆様、先生方、大勢の方を楽しませるためにはまずご自身で楽しまれていなければならないということでしょうか。
本当に楽しそうに競技場内を動き回っていらっしゃいます。
それはルグリオ様とセレン様に限られたことではありません。
見ている人たちからは、一方的な展開に見えるかもしれない戦闘ですけれど、アイネ先輩も、イングリッド先輩も、辛そうな表情はされておらず、むしろ楽しそうに身体を動かしていらっしゃいます。
「それがあなたの全力なのかしら?」
シエスタ先輩がお二人の支援をそれぞれ担当なさっていらっしゃるので、実質的には数的有利、セレン様やルグリオ様からすれば数的不利であるにも関わらず、余裕が感じられます。
「いや、まだまだ、ですよ」
アイネ先輩が拳を地面へ向けられると、そこから物凄い衝撃波と共に地面に亀裂が入れられ、まるで噴火でもしたかのように、実際には溶岩ではありませんでしたけれど、それは熱い空気が噴出して、辺り一帯の地面ごと、その場にいた私たち全員を空中へと舞い上がらせました。吹き飛ばしたというほうが正解かもしれません。
「先輩っ、一言こちらにもかけてからにしてください」
空中へと打ち上げられているイングリッド先輩の叫び声が聞こえます。
「悪い悪い」
アイネ先輩は空中の瓦礫を器用に足場にしながら、一つの足場に留まられていらっしゃるセレン様へ肉迫されます。
「いきますよ」
アイネ先輩は、ご自身にぶつかる破片だけを弾かれたセレン様へと、落下の勢いまで利用されながら魔法を、どのような効果のあるものかは分かりませんでしたけれど、とにかく魔力を纏っている拳を放たれました。
「だから、無駄が多いと言っているでしょう」
セレン様は手のひらの先につくられた障壁でアイネ先輩の拳を受け止められると、シエスタ先輩が撃ち込まれようとしていらっしゃる方へとそのまま投げ飛ばされました。
「うわっと」
方向を変えられたアイネ先輩は、空中ではわたわたと手や足を動かしていらっしゃいましたが、シエスタ先輩へ激突される前に、両腕の中にシエスタ先輩を抱き込まれると、そのまま地面を転がられました。
「大丈夫か、シエスタ」
「はい。ありがとうございます」
寸でのところで、シエスタ先輩とアイネ先輩が地面とぶつかる間に障壁を潜り込ませることができたので、大した怪我はされていないご様子でした。
無事と、再びアイネ先輩が、今度はやや慎重に間合いを詰められているのを確認した私はようやくルグリオ様の方へと顔を向けました。
すると、背中に衝撃を感じて、私はよりルグリオ様の方へと吹き飛ばされました。
「余所見なんてしていないで、あなたはそっちにいなさい」
セレン様の右手が私の方へと伸ばされていて、どうやら私をルグリオ様の方へと押しつけた、押しやってくださったようです。
「ルーナ」
「ルグリオ様」
ソフィー先輩の攻撃を避けられたルグリオ様と視線が交錯します。
その隙にソフィー先輩はルグリオ様を囲うように障壁を多重に展開されました。
「やはり、この程度では……」
ソフィー先輩がお創りになった結界に囲まれていらっしゃるルグリオ様は、変わらず微笑を浮かべていらっしゃいます。
「学生のころから上手だとは思っていたけれど、変わらない、いや、さらに練度が増しているね」
「……笑っていられるのも今のうちですよ、ルグリオ様」
ルグリオ様がいらっしゃる結界の内部が突如燃え上がりました。さらに、周りを黒い影のようなものが覆い尽くします。
私は驚いてソフィー先輩の方を振り向きます。
「ソフィー先輩」
「心配する必要はないわよ、きっとこれでも足りないくらいだから」
ソフィー先輩の言葉を肯定するかのように、一瞬の後には爆発するかのような魔力の炸裂と共に、ルグリオ様が額を拭うような仕草をなされながら、黒い影を散り散りに吹き飛ばされて出ていらっしゃいました。黒い影の影響は分かりませんけれど、少なくとも炎の方の影響は見受けられませんでした。
「感覚がなくなるのはさすがにちょっと気持ち悪いね」
「……前後不覚、感覚遮断の暗闇を、それだけで済ませられる方はほとんどいらっしゃいませんよ、ルグリオ様」
察するに、あの黒い影は、以前私が受けたことのあるものの全身を覆うまでになったものということでしょうか。
「やはり、未だ魔法の勝負では分が悪そうですね。 少し作戦を練る時間をいただきます」
ソフィー様は少し悔しそうに口元を歪められると、私に顔を向けられました。
「どうぞ」
ルグリオ様はセレン様とシエスタ先輩、アイネ先輩が遊び、もとい戦われている方へとお顔を向けられました。
作戦、というほどのものでもない打ち合わせが終わると、ソフィー先輩がルグリオ様へとお声をかけられます。
「お待たせいたしました」
「それほど待ってもいないけれどね」
ソフィー先輩はふぅと大きく息を吐き出されると、構えを取られて、ルグリオ様がいらっしゃる方へと踏み込まれたようでした。私が視認できたのはルグリオ様がソフィー先輩の突きを捌かれ、手刀を止められ、回し蹴りを受けられたところでした。
しかし、視認できるかどうかということと、私がやるべきことに変わりはできません。
ソフィー先輩が私の隣にいらっしゃらなくなった時点で、私も身体強化、及び雷を纏い、ルグリオ様の背後へと一瞬で回り込みます。
ルグリオ様はソフィー先輩を離して私の方へと振り向かれようとなさいましたけれど、逆にソフィー先輩がルグリオ様の手をしっかりと握り込んでいらっしゃるため、かないません。
「覚悟なさってください」
半端な攻撃では失礼ですし、そもそもルグリオ様の防御を突破することは出来ません。
私はありったけの魔力、自分に出すことのできるありったけの体重を拳に乗せて、力強く地面を踏みしめます。
そうして放った拳は、ソフィー先輩のご助力もあってか、どうにかルグリオ様に届いたようです。
「体重の乗った良い拳だったよ」
たしかに感触はありました。魔力防御も、腹筋も、背筋も固めていらしたようですけれど、間違いなく今出せる最高のものを叩き込むことが出来たという感覚はあります。
事実、ルグリオ様は少しばかり後退されたようで、地面には靴底を擦られたような跡が残されています。
「えっ、ちょっと」
しかし、ルグリオ様が健在であらせられるのも事実。
腕を掴まれたままだったソフィー先輩は、くるりと回転されると、ルグリオ様の腕の中に抱きかかえられていました。
「あ、あの」
「ごめんね」
赤くなられたソフィー様とは違い、いつもと変わらない優し気な笑顔を浮かべたままのルグリオ様がソフィー先輩の耳元で指を弾かれると、気を失われた様子のソフィー様がかくんと首を落とされました。
「ルーナ、それじゃあ続きをやろうか」
眠ってしまったと思われるソフィー様を優しく地面へと降ろされると、ルグリオ様は私に微笑みかけられました。