寮長対戦 2
「きっと、セレン様はこのように考えられていらっしゃるはずよ」
ソフィー先輩はおっしゃっていました。
せっかくのお祭りなのだから、すぐに決着が付いてしまっては面白くない。
できるだけ長いこと、自分たちも、そして観客の皆さんにも楽しんでいただけるようにしたい。
おそらくそのように考えられるはずだと。
「それからこう考えられるはずよ、だからこそ開始直後には仕掛けてこないだろう、そう思っているでしょうと」
そして、それがこちらには読まれているだろうということもご存知なのだろうと。
「それでも必ず仕掛けていらっしゃるわ」
だから、気を付けていてね。
そのように言われていたのですけれど。
「気を付けているだけで、対処できるとは限らないのですけれど」
「ソフィー先輩は、ルーナなら対処できるだろうと思ったのではないかしら」
案の定、開始直後、真っ先にこちらへ飛んでこられたキャシー先輩を相手取って、私は競技場内を駆けまわることになりました。
ルグリオ様とセレン様はおそらく初っ端から動かれるようなことはないとは思っていました。
なので、先陣を切って来られるのはリリー先輩かキャシー先輩だろうとも。
「陣営を考えれば、おそらく、ソフィー先輩、イングリッド先輩、それからシエスタが、ルグリオ様、セレン様のところへ向かったといったところかしら」
ルグリオ様とセレン様を相手取るには、いくら元寮長の皆さんとはいえ、同人数では分が悪い。いえ、分が悪いどころか、おそらく勝ち目はほとんどないでしょう。だからといって他を手抜きにすることも出来ません。そうすれば人数差がさらに広がる可能性が高くなってしまうからです。
純然たるくじ引きの結果とはいえ、もう少しほかに決めようもあったのではと、今更でもありませんが、思います。
「ソフィー先輩をお二人の相手から外すことが出来ない以上、リリー先輩と当たるのは自然とアイネ先輩になるわよね」
「……そうですね」
そう思っていてくだされば幸いです。
ソフィー先輩をルグリオ様とセレン様の相手から外すことは出来ないと。そして、ソフィー様のことですから、必ずお二人と相対されるはずだと。
できることなら、セレン様とルグリオ様には今しばらく動かないでいてくだると助かるのですけれど、そうも言っていられないでしょう。
「キャシー先輩、ここで倒させていただきます」
「それは楽しそうね」
キャシー先輩がふわりと笑われます。
私はもちろん、一部を除いて、出し惜しみなど出来るはずもありませんから、最初から全力です。
いつでも、どこからでの、どのようなことにでも、対処できるように、準備を重ねます。
「意気込んでいる割には突っ込んで来たりしないのね」
「挑発に乗るようなことは致しません」
ただでさえ、こちらの方が分が悪いのですから。そのような隙を見せるわけにはいきません。
この時間稼ぎが吉と出るのか、凶と出るのか。
「じゃあ、こっちから仕掛けさせて貰おうかしら」
ふーんと、キャシー先輩は目を細められて何か納得されたように頷かれると、地面を軽く踏み込まれ、気付いたときにはすぐに目の前にいらっしゃいました。
「どうしてルーナは仕掛けてこなかったのかしら」
「……私では返り討ちに合うだけですから」
「それなら、先輩方のところに合流して乱戦に持ち込んだ方が勝ち目は増えるんじゃないかしら」
移動しながら、キャシー先輩の繰り出される手を何とか搔い潜り、弾きながら機を窺います。
一度、大きくはじくとその一瞬でキャシー先輩の懐へと潜り込み、逆の手をとって投げ飛ばします。
しかし、やはりというか、所詮習いたての武術とも言えない何とか形だけにしかなっていないものでは、通じるはずもなく、キャシ先輩は余裕をもって空中で回転されると、しかし、少しばかり驚いたように目を見開かれました。
「体術もやるようになったのね」
「ほんの少しだけ。……まだ武術と言えるような段階ではとても」
夏季休暇、そして対抗戦を終え、鍛える必要があると思ったので、どうにか頼み込んで、ちょくちょく朝方などに稽古をつけていただいています。どこで、どうやって、などを教えることは出来ないのですけれど。間違いなく、先生方や寮母様方に怒られますから。
しかし、当然ながら、まだまだ対人で使えるような技術ではありません。先程は初見だったためキャシー先輩の意表をつくことが出来ましたけれど、そのような小手先の技術、小細工は、最早、通用しないことでしょう。
しかし、キャシー先輩の中に、体術もあると刷り込ませることは出来たかもしれません。
思った通り、キャシー先輩はこちらへ突っ込んで来られるのを、わずかではありますけれど、躊躇われていらっしゃる様子でした。
私たちはじりじりと間合いを測り合います。
「待たせたわね」
そして、まさにキャシー先輩が意を決したかのようにこちらへ足を踏み込まれた瞬間、上の方からソフィー先輩が、文字通り、振って来られました。
「ソフィー先輩が、どうしてこちらに」
キャシー先輩は驚いて目を瞬かせていらっしゃる様子でした。
「先輩は」
「私はセレン様とルグリオ様のところへ行っているとでも思っていてくれたのかしら」
キャシー先輩の足が止まります。
「先輩、隙ありです」
キャシー先輩が声を上げられる前に、背後へと回った私は、背中に手を押し当てると、そのまま意識を刈り取りにかかります。
いくら先輩とはいえ、防御も何もない状態で、直接攻撃をしたのならば、私でも気絶させることは出来るでしょう。
案の定、キャシー先輩はその場に膝をつかれ、突っ伏すように倒れられました。
先輩を倒すだけの魔力を流したので、私も少し疲れましたが、そのようなことを言っていられる状況ではありません。
「ソフィー先輩」
「問題ないわ。 リリーの方ならね」
私と、リリー先輩を倒していらっしゃったソフィー先輩は、エリィさんの方も気にはなりましたけれど、おそらくルグリオ様とセレン様がいらっしゃる方へと駈け出しました。