決戦前の競技場
着替えを済ませ、競技場へと姿を見せた私たちを迎えたのは、爆発的な歓声でした。
ひしめき合う観客の皆さんの熱気が質量となって押し寄せてきているような気さえします。
これでもまだ外に並んでいらっしゃるということは、実際に対戦が始まるときにはさらなる興奮と、熱狂の渦が生まれていることでしょう。
「エリィさん、大丈夫ですか?」
今までも、対抗戦などで大観衆の前に出られることはありましたけれど、その時の比ではない人数に圧倒されているようなエリィさんの肩を揺さぶります。
「……はっ、ルーナ先輩、大丈夫です。少し当てられていただけですから」
まだ対戦ではなく、準備運動のために姿を見せただけだというのにこの様子。
これ以上はないとも思っていた歓声は、天井知らずにその大きさを増しました。
「きゃああああ、ルグリオ様あああ」
「セレン様ああああああああああ」
私が入ってきたのとは別の入り口からルグリオ様とセレン様がお姿をお見せになりました。
観客席の興奮は今まででも最高潮に達し、実際に試合が始まってしまったらどうなってしまうのでしょうかと心配にならずにはいられません。
ルグリオ様とセレン様は、流石に慣れていらっしゃるご様子で、笑顔で手などを振られています。
「アーシャたちは大丈夫だったのでしょうか」
見つけられるはずもありませんけれど、私は観客席を見回します。
圧倒的に多いのはエクストリア学院の制服。一番前では先生方が、競技場へと降りてこないように、魔法だけでなく、実際に動き回られていて、直接注意もなさっているのが確認できますけれど、ほとんど効果はないように見受けられました。
「そう緊張しないで……っていうのは、無理な相談よね」
私たち学院生は学院指定の運動着でしたけれど、卒業生で、言わばゲストの立場であるソフィー先輩たちは、各々、動きやすそうな服装をなさっています。
例えば、ソフィー先輩は、私たちが着ている運動着よりも短い布製のズボンに、白いシャツ、そしてその上から白と青紫の長いジャージに袖を通されていらっしゃいます。
アイネ先輩は、さらに寒そうな、肩までむき出しになっているカットの白いシャツに、こちらは運動着と同じくらいの丈の臙脂色のズボン、イングリッド先輩は赤を基調とした長袖の上着に、膝上まであるスパツと、こう言っては非常に失礼かもしれませんけれど、こちらのチームの先輩方の中では一番季節に合った、常識的な格好をしていらっしゃいます。
「ソフィー先輩は寒くはないのですか?」
完全に露出されている、健康そうに白く綺麗な太もも、ふくらはぎに若干目を奪われそうになります。
「私よりも、アイネとか、リリーの格好の方が問題だと思うのよね」
ソフィー先輩は全然、と頭を振られると、こちら側にいらっしゃるアイネ先輩と、反対方向、相手のチーム側にいらっしゃるリリー先輩へと向けられました。
リリー先輩は、肩までむき出しにしてさらにおへそが見えている濃い緑のシャツ、黄色いスカーフ、そして水色のホットパンツ。ソックスもルーズな短い物で、健康的な白い太ももやふくらはぎが眩しく映ります。
キャシー先輩に関しては何もおっしゃられなかったように、青を基調とした長袖、長ズボン、この時季に運動されるのに適した、普通の格好をなさっています。
「ルグリオ様とセレン様は……まあ、お二人はどのような格好でも目立たれるから」
ルグリオ様は普段とお変わりない、強いて言うならば、動きにくくなるような飾りが取り払われている白いシャツと胸ポケットのついた青地の長袖の上着、白い長ズボンと黒いブーツを纏われています。
セレン様は肩先以降が取り払われている割に、首はすっぽりと覆われている白いノースリーブ、そこへ紺色のスパッツと、その上の短めのフレアスカート、髪は一つに束ねられていらっしゃいます。
私たちは別にファッションショーをしに来たわけではないのですけれど、客席の興奮は全く収まりそうもありませんでした。
「では、双方ともよろしいですか?」
準備運動を終え、私たちは一旦、競技場中央で向かい合います。
先程までの狂騒はどこへやら、超満員の客席は妙に静まり返り、ロールス先生の声がよく響きます。
「ここにいる皆さんには今更私が言うまでもないことだとは思いますが、節度を守って競技に挑んでくださいね」
それからの諸注意に私たちが声を揃えて頷きを返すと、いよいよ後は開始を待つばかりとなりました。
挨拶を済ませ、自陣、ということでもないのですけれど、一応、開始時点と定められている場所へ集まった私たちは、この中では一番の年長者であられるソフィー先輩の声に耳を傾けます。
「皆、準備は整っているかしら」
ソフィー先輩は確かめるように私たちの顔を見渡されました。
「ルールは簡単、向こうの全員を行動不能に陥れれば私たちの勝利よ」
そこで一旦言葉を区切られ、首だけ振り向かれて相手の方を見つめられます。
「たしかにルグリオ様とセレン様が向こうにいらっしゃるのは私たちにとってかなりきついということは想像に難くないわ」
ここにいる皆さんも寮長、もしくは学年でも最高の成績を修めてはいらっしゃられた方ですから、もちろん、同年代では最高峰の実力者でしょう。
しかし、そのルグリオ様と同世代であられるソフィー先輩の言では、満点での同率以外でルグリオ様に並ばれたことは一度もなかったとのことです。
「だからといって、負けるつもりはもちろんないわ」
ソフィー先輩は、格好良く腕を突き上げられると、高らかに宣言なさいました。
「向こうの度肝を抜いてあげましょう」
「はいっ!」
開始の合図にかぶさるように、私たちは大きく返事をしました。