さすがはセレン様(姉様)
セレン様を止められるものなど、世界広しと言えども、それほど存在しているはずもありません。
まずお一人はアルメリア様。
アルメリア様が本気で制止なさればセレン様をお止めすることは出来るでしょう。しかし、残念ながらかどうかは分かりませんけれど、アルメリア様は現在、おそらくはお城にいらっしゃるためこの場にはいらっしゃいません。
王妃様がおいそれと、どんな危険があるかもわからない場所へと玉体を晒すことは出来ないため当然と言えます。もちろん、私自身のことは棚に上げていますし、ルグリオ様、セレン様に関しても同様です。
もうお一人はルグリオ様。
セレン様はルグリオ様のことを愛していらっしゃいますから、愛する弟君が本気でお止めになれば、きっと留まられることでしょう。けれど、ルグリオ様は苦笑を漏らされるだけで、別段、セレン様を制しなさろうとはされていらっしゃいません。
私としては、別に断るどころかむしろ歓迎、とても嬉しいお話しだとも思っていたのですけれど。ルグリオ様やセレン様と稽古以外で本気でぶつかり合えることはほとんどありませんし。その稽古も、私には随分と良い意味で合わせてくださっているのは分かるのですけれど。
しかし、ここで三つ目が水を差しました。
「はい、今日のところはここまでですよ。もう暗いですからね。あなた方はともかくとしても、1年生、2年生、3年生は気付いていないだけで、そろそろ疲れも溜まってきていることでしょう。何かあるようならば、続きは明日にしてください」
おあずけに合った客席からは多くの不満の声が上がっていましたけれど、すでにロールス先生は競技場の入り口、もしくは出口へと消えてしまわれました。
「……仕方ないわね」
セレン様は溜息を一つつかれると、私たちに確認を取られてから、競技場の中央まで進み出られて宣言なされました。
「皆も私たちの模擬戦、見たいわよね」
会場全体が揺れるような―—実際に揺れているのかもしれません―—歓声が響きます。
「今日はここで終わるけれど、明日の朝、一番で、私たちの模擬戦の、とりあえず、第1戦目を行うわ」
会場の歓声は鳴りやみません。それどころか、一層激しさを増しています。
「だからといって、今晩、会場で泊まり込んだり、付近で他の人の邪魔になるような行動は厳禁よ。明日、会場で倒れられても困るし、迷惑がかかるから。私の言っている意味、分かるわよね?」
会場全体がまるで示し合わせたかのように、綺麗に重なった返事が返ってきました。
「よろしい。良い子達ね。じゃあ、今日は解散。しっかり、寮なりに戻って疲れをとって、明日また出直してきなさい。心配しなくても、まだまだ収穫祭は続くわ。明日ももっと盛り上げていきましょう」
耳を劈く、割れんばかりの拍手。全員が立ち上がっているようです。さすがは―—
「さすがは姉様だね」
隣に立たれているルグリオ様の顔を見上げます。
「興を削がれた感じで盛り下がりつつあった雰囲気を、一気に持ち直しちゃったよ。すぐにこういう機転が利くのはなかなか真似できないな。……単に姉様がお祭り好きなだけかもしれないけれど」
私が嬉しくて思わず顔をほころばせると、ルグリオ様は首を傾げられました。
「どうしたの、ルーナ」
「私も同じことを思っていたので、それが嬉しくてつい」
私たちは見つめ合って、微笑みあうと、そのまま、拍手を受けるセレン様を、手を繋いで一緒に見つめていました。
競技場を出た辺りで私たちはセレン様が戻られるのを待ちました。
「待たせたわね」
「そのようなことはありません、セレン様」
代表して口を開かれたソフィー様に続いて、私たちも頷きます。
「それじゃあ、あんまり遅くなるとまたとやかく言われるし、取り敢えず、明日のチーム分けだけ済ませて、さっさと解散しましょうか」
私たちが頷いて返事をすると、セレン様は私とルグリオ様の方へと視線を向けられました。
「くじ引きで決めるけど、どう別れても文句を言うんじゃないわよ。それから、どうなっても全力でやること。良いわね」
「もちろん。ルーナが相手でも手は抜かないよ」
「私もです。たとえルグリオ様が相手でも全力でお相手致します」
セレン様は頷かれると、イングリッド先輩とカロリアンさん、それからキサさんとエリィさんの方へと顔を向けられました。
「あなたたちもいいわね」
二組の姉妹の気合の入った返事をお聞きになったセレン様は満足げに頷かれました。
どなたもルグリオ様とセレン様については言及されませんでした。
「じゃあ、いくわよ」
セレン様が空間からこよりをこの場に集まった人数分、12本取り出されました。そして、半分の6本の先を結ばれます。
「せーの、と私が言ったら取りなさいよ。……アイネ、あなたは早すぎよ」
この場合、早かろうと遅かろうと結果に影響はないのですけれど。漲っていた謎の緊張感が多少緩和されました。
「気を取り直していくわよ。せーの」