先輩方の共演
競技場の中央へと進み出られたルグリオ様とセレン様は、背中合わせに立たれると余裕の窺える態度でイエザリア学園の学生を待ち構えていらっしゃいました。
しかし、模擬戦は始まっているというのに、イエザリア陣営の方からは動きがありません。
「遠慮なんてしなくていいから、全力でかかってきなさい」
セレン様のお声が観客席の私たちの下まで身体の中に沁みこむように響いてきて、なぜか私たち、観客までが競技場へと押し寄せそうになってしまい、慌てて歩みを止めている光景が其処彼処で見られました。
ややあって、イエザリア学園の方から自分たちを奮い立たせるような大声があげられると、無秩序ではない、見るからに訓練されたものと分かる動きで、前進を始められたようです。
セレン様とルグリオ様は競技場の中央に位置どられたまま、動かれるような気配は感じられません。
「セレン様もルグリオ様も流石っす・・・・・・ですね」
リリー先輩はソフィー先輩の横顔をちらりと窺われると、最後に言葉を付け足されました。
競技場内では、ようやくイエザリアの先陣らしき部隊と、ルグリオ様、セレン様が交戦されて、観客席からは空気を震わせんばかりの声援と歓声が飛び交っています。
「そうね。でも、お二人にとっては出来て当然なのでしょうから、流石というのも失礼かもしれないわね」
「どういうことっすか」
「・・・・・・例えば、あなただって学院の1年生の試験で0点をとったりはしないでしょう」
「当然っす。・・・・・・あの先輩、1年生なのはもしかして私のことをその程度に思われているんすかね」
ソフィー先輩はリリー先輩の問いには答えられずに先を続けられます。
「そうよね。いくらあなたでも、1年生の試験で今更赤点追試になったりはしないでしょう。ルグリオ様とセレン様にとっては、あの程度のことはつまりそれと一緒なのだということよ」
「へー」
「・・・・・・あなた分かってないわね」
ソフィー先輩は首を振って、リリー先輩から視線を外されると、ルグリオ様とセレン様の方へと顔を戻されました。
ルグリオ様とセレン様のもとには、途切れることなく人と魔法が押し寄せてきていらっしゃいます。しかし、そのどれもがお二人に到達する前、手の届かれそうな距離になると、揃って消滅、或いは飛ばされて、一つの魔法としてまともに効果を与えることが出来てはいません。
それは魔法に限らずとも同じことでした。
接近してから体術を用いて組み付こうと、その割合はセレン様への方が多いようでしたけれど、直接襲い掛かって来られる相手に対しても、慌てていらっしゃるような様子は見受けられず、一人一人丁寧に、されども容赦なく投げ飛ばされ、叩きつけられ、吹き飛ばされています。
「でも、全て受けきっていらっしゃるのは本当にすごいですよね」
反対側の隣で観戦していたメルも興奮を隠しきれない様子で手すりから乗り出さんばかりの姿勢で、食い入るように戦いの様子を見つめています。
「大人数を相手に決してご自身から攻めに回られることなく、あくまで受け身の姿勢を崩されず、相手の力を引き出されたうえで、きちんと対処される。口で言ってしまうのは簡単かもしれないけれど、実際にやるとなると相当の実力がなければできることではないわね」
ソフィー先輩はほんの一瞬、私の方へと視線を向けられ、すぐにまた顔を戻されると、眩しいものを見るかのように、ふっと目を細められました。
「お二人にとっては稽古でもつけていらっしゃるような感覚なのかもしれないわね。・・・・・・少し羨ましいわ」
最後の方は小声だったのですけれど、私にも、そしてリリー先輩にもしっかりと聞こえていらしたようです。
リリー先輩はソフィー先輩の顔を覗き込まれました。
「・・・・・・何よ、その顔は。・・・・・・ルグリオ様とセレン様のお姿から目を離すなんて随分と・・・・・・いえ、あなたは昔からそうだったわね」
ソフィー先輩は小さくため息をつかれました。
「先輩、次は私たちが一手お願いしに行きましょうよ」
ソフィー先輩は可哀想な人を見るような瞳で深いため息をつかれると、幼い子供を諭すように口を開かれました。
「あのね、リリー。これはルグリオ様とセレン様が望まれた戦いなのだし、お二方とも楽しんでいらっしゃるようだから私からは何にもないわ。けれどね、せっかくの収穫祭、そしてここにはルグリオ様の婚約者までいらっしゃるのよ」
ルグリオ様とセレン様の戦いに目を奪われていた私でしたけれど、自分の名前を出されたため、そちらへ顔を向けると、ソフィー先輩とリリー先輩と視線がぶつかりました。
「ルグリオ様やセレン様だってこんなくだらない、いえ、当人方は楽しんでいらっしゃるようだけれど、とにかく、あんまりご迷惑になるようなことを考えるんじゃないの。大体、私たち二人じゃ、勝負にもならないわよ」
「二人じゃなければいいんですか」
客席の階段の上を見上げると、浅黒い肌に真っ赤に燃えるようなぼさぼさの短髪の女性と、手を引かれながら困ったような顔をされている濃い茶髪の女性が降りてくるところでした。隣りでは、同じように手を引かれて、困っている表情を浮かべたカロリアンさんが、助けを求めるように私たちを見ていました。
「あのねえ・・・・・・あなたたち、私の話をちゃんと聞いてたのかしら」
「違うんです、ソフィー先輩。私たちは連れてこられただけなんです」
「お姉ちゃん・・・・・・」
非常に恐縮している様子で小さくなってしまったイングリッド先輩を心配するような瞳でカロリアンさんがおろおろしています。
しかし、リリー先輩は大層悪そうな顔を浮かべられました。
「いいんですか、ソフィー先輩。先輩がいらっしゃらないというのなら、この二人を巻き込みますよ」
「すみませんすみません」
「はあぁ・・・・・・。って、ちょっと待ちなさい。何でもう受付に向かっているのよ」
私が気を取り戻したのは、心配そうな顔をされたシエスタ先輩にお声をかけられてからでした。
「ルーナ様、大丈夫ですか」
「・・・・・・っ。シエスタ先輩、今何が起こっていたのでしょうか」
「それが・・・・・・」
少し記憶までも飛んでしまっていたようでしたけれど、その答えはシエスタ先輩からではなく、終了の合図と、競技場から聞こえた声によってもたらされました。
「ルーナ」
客席の下からは、他の方の歓声に手を振って応えられているルグリオ様とセレン様が笑顔を向けられていました。
「せっかくだから、ルーナも来なさいよ」
セレン様に呼ばれては行かないわけには参りません。
メルたちに断りを入れて降りていくと、キャシー先輩を加えて7人もの、カロリアンさんを除いて、先輩方が待っていらっしゃいました。どうやら、カロリアンさんは途中で放してもらえたようでした。
「次はあなた達が相手をするってことでいいのね」
「あの、ルグリオ様、セレン様。体力とか魔力とかは」
「私たちの心配とは余裕ね」
イングリッド先輩がかけられた言葉に、セレン様は一層楽しそうなお顔をされました。
「あの、姉様。僕は戦うつもりはないんだけど」
「国民の期待に応えることも私たちのするべきことじゃないかしら」
すでに次の試合の内容は伝播してしまっているらしく、興奮が治まるどころか、より一層の盛り上がりを見せています。
「それに、ルーナと戦うわけには」
「じゃあ、ルーナはこっちに入れて他の人を連れて来ましょう」
セレン様の視線は観客席のシエスタ先輩をとらえていらっしゃいました。