食欲の収穫祭?
「はい、これも美味しいわよ」
セレン様が差し出してくださった、サクサクのりんごのパイや、蜂蜜や砂糖をまぶした細長く形成されたパンで、朝食代わりにお腹を満たした私たちは、広告を配り歩きながら馬車へと戻りました。
途中にあった露店の皆様には、お祭りらしく白い花の冠などもいただいて、おかげですっかり腕の中も軽くなったため、明日以降、もしかしたら今日中にも学院へはたくさんの方が押し寄せられて、混雑で大変かもしれないねとメルたちと微笑みを浮かべました。
「じゃあ、その恰好で売り子をしているわけじゃないんだね」
可愛いのにもったいないねとルグリオ様がおっしゃられて、シズクは緊張したように手を固く握ると、口調だけは穏やかな調子で事情を話していました。
「はい。私はルーナのように収納したりして持ち歩くことは出来ないので、夏季休暇から戻ってくるときに鞄に入れられる量に限界がありまして」
シズクが腰を折ってしまったので、ルグリオ様は慌てられた様子でいらっしゃいました。
「ごめん。別に責めたりとか、そういうわけじゃ全くないんだ。ええっと、何て言ったらいいかな、とにかく、ごめんなさい」
馬車の中だというのに、ルグリオ様はバランスを崩されることなく立ち上がられると、シズクの前で片膝をつかれて、シズクの手をとられました。
「意図していなかったとはいえ、不快な思いをさせて申し訳ありません」
シズクは珍しく、非常に焦った様子で、おろおろしながら助けを求めるように、私や、そしてセレン様の方へもちらりと視線を向けていました。
「ルグリオ、その辺にしておきなさい。困っているわよ」
セレン様に窘められて、ルグリオ様が席へと戻られると、気を取り直すように、セレン様は手を叩かれました。
「お祭りなんだから、そう辛気臭い顔ばかりしているんじゃないの。もっと楽しみましょう」
そうおっしゃられると、セレン様は小窓から顔を出されて、何事か話されている様子でした。
セレン様が姿勢を戻されると、しばらくして馬車が緩やかに停車しました。
「馬車に乗ったままというのもあれでしょう。まだお昼にもなっていないし、そうすぐに学院まで戻ることもないわよね。だから、もう少しこうして歩き回りましょう」
セレン様はメルとアーシャの背中を押しながら、先頭を歩きだされました。
「置いて行かれないように、僕たちも進もうか」
ルグリオ様が差し出された手に、シズクははにかみながらそっと手を重ねていました。
そのことを確認してから、私もルグリオ様の手をぎゅっと握りしめました。
「何か見たいところはあるかな」
輪投げや型抜きを楽しみつつ、セレン様たちと合流するころには、分かり辛くはありましたけれど、シズクもすっかり元の調子に戻っていて、セレン様は安心されたよう微笑みを浮かべられました。
「良かったわ。機嫌を直してくれたみたいね。ありがとう」
「いえ。とんでもありません。私の方こそ気を遣わせてしまい」
セレン様はシズクの唇に人差し指を当てられて、それからぎゅっと抱きしめられました。
「いい子ね。ありがとう」
シズクがぽーっとなっている間にセレン様は私たちに声をかけられると、気付いたときにはもう学院の近くへと戻ってきていました。
「よくやったわ。ルグリオが何も言わない間に転移できたおかげで、今回は正面から堂々と入っていけるじゃない」
「……姉様、僕は女子寮に転移することを言っていただけで、別に学院に来ることに関しては特に何も言ってないと思ったけど」
たまたま、誰もいないところへと転移できた私たちが学院へと近づくにつれて、段々と気づく人も増えてきました。
急にいらっしゃられたことに関する疑問は感じていない様子の学院生が、次々とセレン様、ルグリオ様に声をかけています。
「セレン様、おはようございます」
「宜しければ私どものところへもお立ち寄りください、ルグリオ様」
こっちでは的当て、向こうでは曲芸、そして競技場の方からはおそらく個人戦のものと思われる音が聞こえてきています。
皆さん、それぞれ持ち場があるでしょうにも関わらず、寮へと辿り着くころには結局大所帯になっていました。
「ようこそお越しくださいました。ルグリオ様、セレン様」
寮の前では、メイド服に身を包まれたシエスタ先輩が出迎えてくださいました。
「シエスタ、そこはお帰りなさいませだって教えたでしょう。……失礼致しました、ルグリオ様、セレン様」
後ろから他のテーブルへと持っていかれるらしい料理を手にしたシンシア先輩がいらっしゃって、シエスタ先輩の台詞を訂正されていました。
「ありがとう。二人とも良く似合っているわよ」
席に通されると、差し出された紅茶に口を付けられながら、セレン様が優雅に髪を払われました。
「ありがとうございます。今しばらくお待ちください」
私たちも手伝おうと思っていたのですけれど、宣伝してきてくれたんだから少し休憩ねと席を押し付けられてしまい、ルグリオ様やセレン様と一緒に席につきました。
「どうかしましたか?」
アーシャやメル、シズクは、どこか居心地が悪そうに、スカートの位置や髪の毛を気にしています。
「ルーナは気にならないんだね。それに、ルグリオ様にセレン様も」
アーシャが出したのは、ルグリオ様やセレン様には聞こえていないだろうという小さな声です。
「何のことですか?」
「だから、その、周りのこととか」
アーシャがそっと伺い見るように、周囲へ視線を向けます。
「アーシャ。ルーナに言ってもしょうがないよ。私たちが慣れてないだけで、ルーナはいつも注目されてるし、それが普通なんだから」
メルが何事か耳打ちすると、アーシャはそれもそうねと、メルやシズクと一緒にため息を漏らしていました。
「お待たせ致しました」
まだ食べるのでしょうかという疑問はあったものの、甘いものは別腹なのというよくわからない理論におされて、出てきたチョコレートのケーキを口に運びました。