収穫祭と着物
収穫祭を翌日に控えて、私たちは学院、及び寮で開かれる露店や商品の宣伝を頼まれて、たくさんの広告や看板、それから衣装を収納すると、夕食の後、馬車へと乗り込みました。
そんな夜に出発するのはもちろん、朝に出ていたのでは、ヴァスティン様が開催の宣言をなさるときに立ち会うことが出来ないからです。
同じように街中へ向かう馬車と並んで、がたごとと揺られながら夜の道を中央広場へ向かって進んでいきます。実習ときとは違い、簡易シャワーなどを用意したりは出来ませんし、出来てもするつもりはありませんが、浄化の魔法だけで身体を清めると、トゥルエル様が持たせてくださったサンドイッチをつまんでから目を閉じました。
翌朝、いつものように日が昇り始めるより少し前に目が覚めた私は、夜中の間走っていてくださったミーシャさんに声をかけました。
「おはようございます。ありがとうございます」
「お目覚めですね。もうすぐ到着いたしますので、今しばらくお待ちください」
アーシャたちが目を覚ますころにはもう馬車は停止していて、私たちは着替えを済ませて馬車を下り、ミーシャさんにお礼を述べました。
「その、もしよろしければなのですけれど」
私が今日の予定を話すと、ミーシャさんは快く引き受けてくださいました。
「分かりました。宣伝を終えられ、お祭りを回られた皆様をエクストリア学院までお連れすればよろしいのですね」
「すみません。貴重なお時間を」
いいえ、とミーシャさんは首を振られました。
「私はこれでも楽しんでいますから、こちらのことはお気になさらず、存分にお楽しみください」
私たちは頭を下げてお礼を告げると、人混みをかき分けながら中央広場の真ん中へと急ぎました。
途中、注目されたりしつつも、原因は今の衣装なのでしょうが、どうにか台が見える位置まで辿り着くと、今回の収穫祭の責任者らしき男性が台の上に登場されて、まさに拍手が沸き上がるところでした。
挨拶を済ませられると、ヴァスティン様がお姿をお見せになられて、高らかに収穫祭の開始を宣言されました。辺りから聞こえるラッパや太鼓の音は、一層高く、大きく響き渡り、澄み切った晴天の下、どこまでも広がっていくようでした。
「ルーナ、お待たせ」
私たちが手を叩いて見上げていると、どこからともなくルグリオ様がいらっしゃいました。
「おはよう、ルーナ。それに皆も。その衣装もとても素敵だね」
「おはようございます、ルグリオ様」
結局、私たちが着ることにしたのは、シズクが持って来ていた、シズクの実家で作っているのだという、着物、と呼ばれているらしい素敵な柄の入った、ドレスとは少し違う服でした。着るのが少し大変で、短期間での習得は難しく、結局最後はシズクにやってもらうことになってしまいました。
シズクの手際は当然というのも失礼なほどで、馬車の中だというのにも関わらず、あっという間に自身の分を含めた4人分、珍しく得意顔で、着つけてくれました。
私は紫の地にピンクの花の模様の描かれたものに、同じ柄の帯を巻き、髪はまとめて結い上げて、金色と、紫の花の簪を差しています。
アーシャは朱色を基調とした明暗の縦縞が入っているそれに、紫ピンクの地に白い花柄が入った帯を締め、髪にはピンクの花のコサージュをつけています。
メルは水色の地に白い輪っかの模様が描かれている着物に、紺色の、赤やピンクの花が描かれた帯を、そしてシズクは薄い花の模様の入った白い着物に、真紅の帯を、それぞれ綺麗に着こなしています。
当然気づかれた周囲の方への挨拶を済ませると、狙ったかのようなタイミングで、セレン様も、割れた人垣の中を優雅に歩いていらっしゃいました。
「おはよう。あら、皆、とっても素敵よ」
セレン様は真っ白なワイシャツの上から黒いラインが一本入った臙脂色のストールのようなブレザーを羽織られて、白地の上から黒布を合わせられた膝上のスカートと動きやすそうな格好でした。と言うよりも、どこかで見たことがあるような服装でした。
「姉様、何で学院の制服なんて着ているの」
ネクタイ、リボンこそ締めてはいらっしゃらないものの、なるほど確かに、見た目はエクストリア学院の女子の制服と全く同じようなものでした。
「何か問題はあるかしら?」
セレン様はご自身の格好を確かめられるように、スカートを摘まれて引っ張られたり、くるりと一回転されたりなさっていらっしゃいました。
「……いや、姉様が良いならいいんだけどさ。うん、似合っているよ」
「ありがと」
セレン様はくるりと半回転されて私たちに背中を向けられると、首だけ振り返られました。
「あんまり時間を無駄にしてもあれだし、そろそろ行きましょうか」
セレン様はメルとシズクの手を取って、周囲の人の視線を浴びつつ、まるで気にもされていないようにすたすたと歩いて行かれました。
「じゃあ、僕たちも行こうか」
そうおっしゃられると、ルグリオ様は私たちに恭しく手を差し出してくださいました。
「お手をどうぞ。美しいお嬢様方」
私は向けられた笑顔にしばらくぼーっとなっていましたが、慌てて頭を振ると、笑顔でそこに手を重ねました。