何でも衣装替えのアイデンティティがどうとかという話
私個人の感覚としては前回と何ら変わりのない、実際には何かあったらしい、対抗戦も無事に終了して、そんな学生も含めてコーストリナの街は、いつも通り、収穫祭へ向けての準備で忙しくなっているようです。
私はと言いますと、前回、やむを得ない事情、個人的にはとても重要な事情により参加できなかった罪滅ぼしというわけでもありませんけれど、私に出来ることならば何でもやります、くらいの気概で臨みました。
「えっ、何でも?」
寮のホールで課題をこなしつつ、何の気なしに話をしていたのにもかかわらず、急に大きな音を立てて立ち上がり、周囲に喧伝するかのように大声をあげた、あのときのアーシャの顔を今でも思い出すことが出来ます。
「え、ええ。私に出来ることなら」
アーシャの様子に多少驚きつつも、私がそう告げると、アーシャは、ちょっと待ってと言いつつ、鼻の辺りを押さえながら真上を向いてしまいました。他にも同じように上を向いている寮生が何人もいたので、上に何かあるのかと思い、私も上を見上げてみましたけれど、別段、変わったところのない寮の天井が見えるだけでした。
「大丈夫ですか、アーシャ」
「う、うん、大丈夫大丈夫。別にやましいことなんて何も考えてないから」
「メル、アーシャは、それに皆もどうしたんですか?」
私の方を向いて小さくため息をついていたメルにそう尋ねてみたのですけれど、メルはさらに大きなため息と、やれやれと肩を落としたようでした。
「ルーナ、本当に自覚はないのね……」
「自覚って、何のことですか?」
全く、とメルは指を立てて顔を近づけてきました。
「メル、少し近いです」
私がのけぞると、メルに両側から手で顔を挟まれました。
「ルーナ、気安く何でもとか言わないの。そういうことは、ルグリオ様の前だけにしておきなさい」
子供に言い聞かせるような口調で、真剣な表情でそう言われて、私は大人しく頷きましたが、少し疑問も残りました。
「メル。察するに、皆さん、私の知らない事情を知っているようでしたけれど、メルも知っているんですよね」
「まだその話続けるの」
メルは、それが何、とでも言いたそうな態度でした。
「いえ。メルが知っているのなら、私も知っていておかしくないと思うのですが」
「……ルーナは教室でそういう話をしないでしょう」
「そういう話とは何ですか」
それ以上はルグリオ様かセレン様に聞きなさいと言われてしまい、私は何か参考になるようなことはあったかと、過去の会話を思い出します。
そういえば以前、あれはそう、確か私がコーストリナへ来たばかりのころ、セレン様に教えていただいたような気もします。
それにしても。
「何でも、という言葉だけでそこまで想像できるのはすごいですね。その力を他のことに回してはどうですか」
アーシャもメルも、その場にいらした方は一様にきょとんとしたような表情で、互いに顔を見合わせています。
「ルーナのことだからもっと真っ赤になって可愛い様子を見せてくれるかと思っていたのに」
「残念ね」
私のことを何だと思っているのでしょうか。実際、ルグリオ様に、いえ、これではいけませんね。ルグリオ様の事を考えていると、その隙をつかれるかもしれません。
「いくらお祭りとはいえ、常識的な範囲でお願いしますね」
「はいはい」
「分かっているわよ」
とりあえず、これだけ伝えておけば大丈夫でしょう。私はそう思っていました。
「で、これは何ですか」
収穫祭も直近に迫り、寮でも準備をしながら、なぜか私は部屋で衣装替えをさせられていました。
ピンクや青地に白いフリルをふんだんにあしらった、実用性よりも見栄えを重視したようなエプロンドレス。
男物の大きな白いシャツに白いソックスだけを合わせたような格好。
秋もいい頃だというのにさせられた、ピンクでふりふりのエプロンだけの格好。
寝るときにしか使わないような、薄いネグリジェ。
一枚の布だけを巻き付けた、お祭りなどで踊り子の方がするような服装。
「何って、もちろん、売り子の衣装だけど?」
売り子とは一体なんでしょうか。いえ、意味は分かっていますし、寮で行ういつもの喫茶で着用する制服のようなものだと理解はしています。
「まあまあ、言ったでしょう。セレン様が持って行かれた分よりもっと沢山あるって。それに、あれからも大分増えたし」
説明してくれるアーシャの後ろで、針子を勤めたらしい皆が胸を張っています。
「いやー、どれも似合うし迷っちゃうわね」
「これなんかどう。さすがに、レオタードはやり過ぎかしら」
「あの、以前にも言ったことがあったと思いますけど、やはり学生なのですから「却下よ」「却下ね」制服では……はい」
その後も、収穫祭のときの喫茶の衣装を決めるという名目で、まあ皆楽しそうでしたし、時々獲物を定めるような目を向けられることを除けば、たまにはこうしているのもそんなに悪くはないのかもしれませんと思わされた時点で私の負けなのかもしれません。
「もうちょっと、恥じらいというか、嫌がってくれた方がそそるんだけどね」
「そうそう。真っ赤になって、短い裾を頑張って引っ張りながら、涙目でこっちを睨みつけてくれたらいいのに」
「それいいわね。メニューに書いておいたら、売り上げももっと上がるんじゃないかしら。別料金で」
「でも、あんまりすると、ルグリオ様に悪い気もするし」
私の隣ではメルも、他にも何人か交替しながら、一応衣装合わせという名目のためか、同じような衣装を着替えています。私だけに合わせて採寸してしまうと、サイズ的に、そう、身長的に合わないので仕方ありません。あくまで身長的に。
「ルーナ。大丈夫。着実に育ってきているから」
メルに言われても全然自信は持てないのですけれど。
私が下を向くと、そのまま床が見えます。
「ルーナ、気にすることないよ。その、えっと、胸はあれだけど、そう、枝毛なんて一つもないサラサラの銀髪も、整った顎からのラインも、きめ細かい綺麗な乳白色の肌も、折れそうなくらいに細い腰も、すらっとした手脚も……ううぅ、自分で言っといてなんだけど、本当何したらこうなるんだろう」
途中でメルがうな垂れてしまい、皆に慰められていました。
「メル、気にしたら負けよ」
「そうよ。ルーナに勝っているところなんてほとんどないんだから、考えちゃダメ。女としてのアイデンティティに関わるわよ。ほんの一握りの人以外は」
そんな風に、慌ただしく、私たちは収穫祭へ向けての準備をとても楽しみました。