ペルジュ対面
遅くなりました。
翌朝、僕とルーナと姉様は朝食をとった後、ログハウスの扉の前でセラブレイトと名乗った男を待ち構えていた。
姉様は自信満々な様子で腕を組んでいて、程よい大きさの胸が持ち上げられている。僕は姉様の横に、ルーナは僕と姉様の後ろにそれぞれ立っていた。
「ルーナ、どうかしたの?」
ルーナが姉様の方を見ている様子だったので、気になって尋ねた。
「……いえ、何でもありません」
ルーナは自分の胸に視線を落とした。
「大丈夫よ、ルーナ。昨日確認した限りでは、しっかり成長しているわ。まだまだこれからよ」
姉様が振り向いてそう告げる。いつと比べての話しだろうか。いや、余計な詮索はするまい。
「女性の価値は、胸の大きさでは決まらないわ」
姉様が言っても説得力はない。
「それに、あなたはまだまだ成長期よ。大きくても、大きくなくても、ルグリオは愛してくれるわ」
ルーナは不安そうな顔で、僕の方を見てくる。10歳の女の子が気にするようなことではないと思うのだけれど。やはり、女の子にとっては重要な問題なのだろう。
「大丈夫だよ。どんなルーナも変わらず大好きだよ」
そう言って、ルーナの頬にキスをした。ルーナは頬を染めて、はい、と頷いてくれた。
「これから決戦だっていうのに、緊張感がないわね」
「別にそんなつもりじゃ—―—」
僕が姉様に反論しようとすると、ご報告致します、とルーナの従者の一人が僕たちの前に膝をついていた。
「セレン様、ルグリオ様、ルーナ様。相手方と思われる馬車の接近を確認いたしました」
いよいよ現れたらしい。
「来たわね。報告、ご苦労様。では位置に戻ってください」
「畏まりました」
姉様が従者の人を下がらせる。この場には、今、僕たち3人しかいない。おそらくばれてはいるのだろうが、無駄に相手を刺激しないためだ。
しばらくすると、一台の馬車が姿を現した。不思議なことに、御者の姿が見えない。魔法を使って走らせているのだろうか? それは魔力の無駄なのではないのだろうか? それとも、何か、よっぽどの事情があるのだろうか? たしかに、違法奴隷の商人ならば、なるべく人数は少ない方がいいのだろうけれど。様々な考えが頭をよぎる。
馬車は僕たちの前で止まると、中からルーナと同じくらいの身長か、少し低いくらいの女の子達が出てきた。僕と姉様は顔をしかめ、ルーナには見えないように身体を寄せる。すぐに助け出したいところだが、そうもいかない。姉様は不快感を隠そうともしていなかったし、僕も沸き上がる怒りを隠しきれてはいなかった。
その裸の女の子達は、馬車の前に四つん這いになると、頭を垂れた。
「なっ—―」
僕たちはあまりの光景に絶句していたが、そんなことを相手が気にするはずもない。
馬車の中からは、一人の男が出てきた。
肥満という言葉では収まりきらないほどの巨体。動いているのが不思議だった。全身からは汗が吹き出し、動くたびに、プヒー、と息を吐いている。身体には、特注だろうか、一枚のローブを羽織っているだけだった。その男は躊躇なく、悲鳴を上げる女の子たちを踏みしめると、馬車から降りてきた。あまりの異常な光景に、問答無用で切り刻まれてもおかしくない男を前に、僕たちはただ立ち尽くしていた。姉様ですら、自分の見ているものが信じられない様子だった。
後ろで崩れ落ちる女の子達には目もくれずに、その男は話し出した。
「ふぅー。きみたち、どいてくれないかなあ。ぼくはここにいるっていうおんなのこをもってかえるよていなんだけど。とってもきれいらしいし、そのあとはいっしょにおふろにはいったり、からだをあらってもらったり、いっしょにべっどにはいるよていになっているんだけどなあ」
勝手な言い分を続けるその男に、姉様は全く感情の籠らない声で告げる。ここまで、姉様が怒りをあらわにするのも珍しい。そもそも、こんなこと自体、初めてなのだけれど。
「私の名前は、セレン・レジュール。相対したときには、まず名乗りなさい」
もっとも、僕も同じ気持ちだった。
「僕の名前は、ルグリオ・レジュール。この子を、僕の婚約者を渡すことは出来ない」
強い意志を持って、名乗りを上げる。怒りを隠すことはしなかったし、そんなつもりもなかった。
「きみたちのいけんはきいていないんだよなあ、まったく」
男は、ふうー、と大きなため息をついた。
「えーっと、ぼくのなまえは、ペルジュ・ボルナリエス。これでまんぞくかな。まんぞくしたなら、はやく、そのおんなのこ、ルーナちゃんをぼくにわたしてくれよ」
「先程も言った通り、渡すことは出来ない」
「ふーん。じゃあ、うってくれよ。おかねならたくさんあるからさあ」
ペルジュは、懐から金貨の入っている袋を取り出して僕たちの方へ放り投げた。姉様はその袋には一瞥もくれずに、冷たく言い放つ。
「私たちも、あなたの意見を聞くつもりはないわ。今ならまだ、あなたの命だけで償わせてあげる。大人しく投降しなさい。せめて介錯は、私が自らしてあげる」
「この国を治める者として、この国の宝を渡したままにするわけにはいかない。そして、ルーナを渡すことは、何があろうとありえない」
「こんやくしゃだか、たからだか、しらないけど、それってぼくにかんけいあるのかな?」
ペルジュは首を傾げたようだった。太すぎてよくわからなかったけれど。
「ぼくは、としまにはきょうみないし」
そう言って、姉様を一瞥する。
「おとこにも、まったくきょうみはないんだよねえ」
僕の方にも視線を動かす。
「年増ですって……」
あっ。何かまずい雰囲気が漂ってくる。尋常ではない殺気に、ペルジュが一瞬たじろぐ。
「……こう見えて、ルーナと私は同い年よ」
……なんだって。……姉様、それは無理があるんじゃ。
そう口にする勇気は、僕にはなかった。
「……なんだって。でも、きみはいろいろそだちすぎているから、いらないなあ」
しかし、ペルジュは口に出してしまった。視線は姉様に注がれている。こいつ、死にたいのか。
「でも、まあ、きみたちがぼくにどうしてもつかえたいっていうなら、きょぜつはしないよ。まあ、おとこはほんとうにいらないんだけどね」
「……言いたいことは、それだけかしら」
「うーん、そうだなあ。とりあえず、きみたちにはそんなものかな」
「よくわかったわ。それじゃあ、あなたはここで散りなさい」
ペルジュは初めて、姉様をまともに見たような気がした。それまでは、視線を向けてはいても、見てはいなかったのに。
「ぷひー。ぷぷぷぷぷ。きみはなかなかおもしろいことをいうんだねえ。きみにぼくがころされるとでもいうのかな?」
どうやら、自分に絶対の自信でもあるらしい。姉様を相手に全くひるむ様子もなく、余裕の態度を崩さない。
「ルグリオ。あなたは下がってルーナと一緒にいなさい」
姉様は強い口調で告げながら、僕たちの一歩前に出る。
「いいや、姉様」
しかし、僕はそれに首肯するつもりはなかった。
「姉様こそ下がっていてよ。フェリスさんたちと一緒にルーナを守っていてくれないかな」
僕は姉様の前に出る。
「大丈夫だよ、姉様。まだ、ルーナと結婚式も挙げていないし、父様と母様に孫の顔もみせていない。それに、将来の王様としては、こんなところでこの国の未来を潰すわけにはいかないんだ。ルーナも学校に通わせてあげたいしね」
それから、ペルジュを見上げて告げる。
「ルーナも、姉様も、その子たちも、この国の未来は渡さない」