4年 vsイエザリア 6
「シンシア先輩」
無数の火球および烈風、衝撃波による攻勢を、或いは受け、或いは避けながら、校章に対する致命的になりそうなものは確実に防御しつつ、いまだ動いてくる気配のないデューク様の様子を窺いながら、なんとか隙を見つけてシンシア先輩に声をかけます。
「どうしたの」
ほとんど叫んでいるような声で、作戦も何もあったものではありませんが、どうにかその場に踏ん張っていらっしゃるシンシア先輩が一瞬私へ視線を投げかけてくださいます。
「行ってください」
障壁の領域を広げつつ、カロリアンさんと協力して飛んでくる魔法を打ち落としながら、私は相手の陣地があると思われる方向を指差します。
「行くって・・・・・・この状況で私が抜けられるはずがないじゃない」
そのくらいの判断が付かないはずがないだろうと信頼してくださっているのはとても嬉しいことなのですけれど、今の状況ではそれは逆に悪手となりかねません。
「いえ、シンシア先輩、この状況だからこそ、です。もちろん、私は、いえ私たちはここを突破させるつもりなどありませんけれど、このままいつ決着がつくとも分からない状況ではデューク様に有効打を与えることができません。それでは本当に押し込まれます」
ここを防ぎきったとしても、体力、魔力ともに残っていなければ、結局敗色は濃厚です。ですから、まだ魔力も体力も残っているうちに攻勢に出なければならないのです。
「だったら、ここは私に任せてあなたが」
「いえ、先輩の方が適しています。理由の一つとしては、私よりも足がお速いからです。私が相手の校章まで辿りつくのと先輩とでは、明らかに、圧倒的に先輩に分があります」
もちろん、転移を使うわけにはいかないからです。
「ですから、より早く決着をつけるためにも、シンシア先輩、どうかお願いできないでしょうか」
シンシア先輩は何事かおっしゃられるように口を二三度開きかけられましたが、ちらりとシエスタ先輩の方を振り返られると、目を閉じられて、決意されたように頷かれて、強い瞳を向けられました。
「・・・・・・分かったわ。ここはあなた達を信頼して任せるわね」
私たちは一斉に衝撃波を作り出して、一瞬の間隙を作ると、相手を引き付けるという意味も含めて、皆で一緒に、自陣の、シエスタ先輩のところまで後退しました。
予想通り、デューク様はゆっくりとこちらへ歩みを進められているので、シエスタ先輩に説明するだけの時間を稼ぐことは出来ました。
自陣まで下がることには大きな危険が伴いますが、後に引くことは出来ません。
「ここまで下がったのはシエスタ先輩にもご助力いただくためと、不退転の決意の表明です。退路がなければ、より一層の力が出せそうな気になれますから」
「助力など。むしろ、私が率先して行うべきでしたのに」
シンシア先輩は、ぐっとこらえるような仕草をなさった後、私たちに背を向けられました。
「じゃあ、すぐ行ってくるからね」
「話しは済んだのかい」
ほんの目と鼻の先まで歩いて来られたデューク様は、おそらくは少しでも楽しむために待っていてくださったようです。
「待っていてくださるなんて、紳士的なところもおありなんですね」
そんな皮肉にはふんと鼻を鳴らされただけでした。
「・・・・・・さっきのは少しは楽しめたからな。待って勝負が面白くなるのなら、いくらでも待とうってものさ。そうじゃないのなら、知ったことじゃないけどな」
デューク様はちらりとシンシア先輩に視線を向けられました。
「大方、俺を足止めしている間に先にこっちの校章を落とそうってんだろ。そう上手くいくといいねえ。うちの後衛も、ただ立ってるってだけじゃないんだぜ」
「シンシア、行ってください」
シエスタ先輩が声をかけるのと同時に、デューク様がこちらへ向かって突撃して来られました。
「っつ。任せたわよ、シエスタ、ルーナ、カロリアン」
それだけお声をかけられると、シンシア先輩はそれきりこちらを振り返られずに、草の絡まった金髪を払われながら、イエザリア学園の陣地、校章へ向かって風のように走って行かれました。
「そういう訳で、元々ではありましたけれど、任されてしまったので、ここであなたを足止めさせていただきます」
前へと出られたシエスタ先輩の左右後ろに私とカロリアンさんが立ち並びます。
ことここに至ってシエスタ先輩をお止めするような、そんな失礼な真似をしたりはしません。
「お初にお目にかかります。エクストリア学院5年、シエスタ・アンブライスと申します」
シエスタ先輩は輝く白金の髪をなびかせ、ルビーのような双眸で、しっかりとデューク様を見据えられます。
「いいねえ。びんびんとやる気を感じるぜ。楽しませてくれよ」
「楽しませてくれなどと、口を慎みなさい」
シエスタ先輩の氷のような視線に晒されていても、臆するどころか、むしろ興奮の度合いを高められたようです。
「そうこなくっちゃ」
デューク様の重心が前方へ傾くかどうかという瞬間、シエスタ先輩が右手を振り下ろされ、上空から氷の檻が落下してきました。
拳一つで檻を破壊されると、今度は四方から地面がそそり立つようにめくれ上がります。
そのまま地面を駆けあがるようにして上空へと逃れられた先では、炎の矢の雨に晒されています。
炎の矢を全て叩き落され、地面へ着地したところで放たれた空気弾は、身体に届いているものもありましたけれど、そこまでの効果は示すことが出来ていません。ついで放たれた雷は障壁によって完全に防がれました。
「へえ、本当に進めないなんてな」
ダメージこそ微々たるものですけれど、進撃を止めることには成功しているようです。
「まだあるんだろう。出し惜しみはすんなよな」
シエスタ先輩の足元から、全ての植物が凍り付きながら白銀の世界を作り始めます。
「その言、後悔してください」
シエスタ先輩のほっそりとした指先が、つっとデューク様へ向けられました。
次辺りで決着がつけられたらなと思います。