4年 vsイエザリア 4
私とカロリアンさん、二人になったことで戦況は大きく変わりました。
先程までも、ジェリス様がいらっしゃるまでは五分くらいの立ち回りは出来ていたつもりです。そこへカロリアンさんが加わったのですから、私たちの優勢で事が運ぶのはある意味当然なのかもしれません。
「はっ」
カロリアンさんが見事な体捌きで間合いを詰め、肉薄したセット様へと、近距離から、重ね合わせた両手を突き出します。
私がいることで安心してくださっているのかどうかは分かりませんが、硬さもなくなり、伸び伸びと手足を突き出され、魔法を繰り出されるカロリアンさんは、明るく綺麗な真っ赤な長髪を振りまきながら、嬉しそうな顔をしています。試合の最中ですから理由を尋ねたりはしませんでしたけれど、おそらく初めての対抗戦が楽しく、自分で言うのもなんですけれど、先輩と一緒に戦っているということが新鮮なのでしょう。
見ると、相手のセット様も楽しそうな、見方によっては獰猛なとかぎらぎらとした獣のようなと形容されそうな、笑顔を浮かべていらっしゃいました。
「楽しいじゃないか、えぇ、そうは思わないか」
話しかけたことで出来た隙を逃さず、カロリアンさんが思い切り地面を踏みしめます。
その振動が伝わり、その場にいた私とカロリアンさん自身も含めて、皆の動きが一瞬固まります。
他の方のところまで行く余裕はありませんでしたけれど、即席でも、訓練の成果もあってか、一番間近にいた私は最初に態勢を立て直すと、セット様が態勢を立て直す前に、私たちとの間に地面の壁を、今度は簡単には壊されないように、結界を組み込んで隆起させながら造り上げます。
「カロリアンさん」
「任せてください」
目の前に現れた障害物を壊すためにセット様が振りかぶられるよりも早く、私はカロリアンさんに声をかけると、次の一手を防御することを考えずに、セット様の左右上下及び後方に同じ壁を5枚、造り上げます。
私が壁を造り上げるのは、セット様が正面の壁を壊す一瞬前でした。どうやら、カロリアンさんは事後の防壁だけではなく、正面の既にあった壁にも強化するための魔法を使っていたようです。
目の前の壁がはじけ飛ぶのにほんのわずかに遅れて、正面から激しい風を巻き起こします。壁を破るのに、私が思っていたよりも大きい力を使った様子のセット様は踏ん張りをきかせることが出来ず、激風にあおられ、背後の壁に激突します。
「うっ、くっ・・・・・・」
それでも意識を失われないのは流石でしたが、周りを壁に囲まれて、壊すことも間に合わず、追撃をそのまま受けられました。
「やったのでしょうか……?」
「わかりません」
確かめるために、地面に伏せられているセット様へと近づきたいところではありましたが、迂闊には距離を縮めない方が賢明でしょう。
私は可能な限りの障壁を展開すると、恐る恐る様子を窺います。
ぴくりと指先が動いて、土と草を握り込みます。私は前進を止めて、いつでも対応できるように構えをとります。
そしてセット様はぱらぱらと砂と草を落としながら、ゆっくりと立ち上がられます。そのまま、私たちの方へと向かってくるかと思いきや、再び膝をつかれてそのまま地面に倒れ込まれました。
「……気を失われたようですね」
近くで屈み込み、セット様の気絶を確認すると、カロリアンさんも、その場で座り込みそうになって、慌てて気を引き締めて顔をはたいていました。
私たちはすぐにハーツィースさんの方へ加勢しようと振り向いたのですが、そちらにはすでにシンシア先輩が戻られていて、今まさにジェリス様を倒されるところでした。
シエスタ先輩の方へと視線を送り、シエスタ先輩と校章の無事を確認した私は、カロリアンさんと一緒に、お二人に合流しました。
「ルーナ。どうやらそっちも無事なようね」
笑顔を浮かべられたシンシア先輩に、私も笑顔を向けました。
「はい。ありがとうございます、シンシア先輩」
後方を見れば、さらに一人、イエザリアの生徒が倒れているのが確認できました。きっと、こちらの戦闘を感じ取られて、校章と、それからシエスタ先輩のことを心配されてお戻りになられたのでしょう。
学院の一員なのだからと言われれば何も言うことはありませんけれど、助けに戻ってきてくださったこと、危機を救っていただいたことには変わりありません。
「感謝されることじゃないわ。私だって学院の代表の一人なんだから」
予想通り、ほんの少しだけ照れた様子でシンシア先輩は笑顔を浮かべられました。
「その、シンシア先輩、向こうの方は大丈夫なのでしょうか?」
カロリアンさんが不安そうな顔で尋ねられ、私は遠くからほんのわずかに反響してくる戦いの音に耳を澄ませました。
「途中までレベッタと一緒に戻ってきて、その間に遭遇したイエザリアの生徒はどうにか勝利したり、巻いたりしたから、ええっと、……正確には分からないけど、人数的には五分くらいだから大丈夫でしょう」
指折り数えられながら、互角の人数ならば同じ学生同士、負けはしないわよと淀みなく言い切られました。
「まあ流石に疲れたから、今すぐもう一度前線へ駆けあがる力はないわね」
シンシア先輩は手に水を溜められると、喉を鳴らして一気に煽られました。
「ご無事で何よりです」
校章の下まで戻ると、シエスタ先輩は少しだけほっとしたような微笑みを漏らされました。
「シエスタ、あなたもね」
「私はここで校章を守っていただけですから……」
シエスタ先輩はそうおっしゃられましたが、シンシア先輩は、ばかねとシエスタ先輩の額にご自分の額を合わせられました。
「シエスタが後ろで守っていてくれたからこそ、皆安心してのびのびと戦いに集中できたんでしょう。自分のことをそんな風に言ったりしないで。もっと胸を張っていなさいよ、寮長」
周囲に他のイエザリア学園の代表がいないことは確認していましたから、私たちはしばらくそうして警戒はしつつも、穏やかな気持ちでいました。
なお、寮に戻った後のお風呂でこの時のことが語られて、シンシア先輩が先輩方からからかわれるのは別のお話です。
「おかしいわね。何かあったのかしら?」
それからしばらく時間が経過しましたが、審判の先生方による終了の宣言は出されていません。
気を取り戻されたイエザリアの学生も、紳士的であることを忘れたりはせず、再びこちらへ向かってくることはありませんでしたが、同じように不思議そうな顔をしています。
「私、ちょっと見にいってくるわね」
「私もお供いたします」
シンシア先輩が前線へ行かれるようでしたので、私も気になって付いて行くことにしました。他のシエスタ先輩たちには念のため、こちらへ残っていただいています。
「何か嫌な予感がするわね、急ぎましょう」
遠くに上がる煙を見つめて飛ぶように駆けながら、シンシア先輩が顔をしかめられました。
「お、まだ残っていたのか。というよりも、もしかしてあいつら全員やられちまったのか」
イエザリアの校章も今だ健在でした。一人の学生と共に。
「……これはあなたが?」
眼前に倒れ伏す、エクストリア、イエザリア両校の学生を、絶句したように見つめられながら、シンシア先輩が声をひねり出されます。
私はすぐに治癒の魔法をかけようと思いましたが、目の前の男子生徒から目を離すことが出来ませんでした。
「見りゃ分かるだろ」
大きな欠伸を一つされると、真っ黒な髪を掻き上げられた、目の前の大柄なイエザリアの生徒は私たちへと顔を向けました。
「イエザリア学園5年、デューク・ブラウンだ。今度はお前たちが相手してくれんのか」