4年 vsイエザリア 3
距離をとった私が初めにしたのは、追撃を避け、準備をするための時間を稼ぐことでした。
発生させた霧で姿を隠すとともに、幻影を投影して無数の影を作り出します。もちろん、影ですから動かすことは出来ないのですが、迷いを生む、もしくは全てを倒しきられるまでの時間を稼ぐことが出来ます。
私からセット様の位置を把握することは出来ませんが、それはあちらにとっても同様で、舌打ちが一つ聞こえてきました。
結界を再展開して、セット様の位置を確認すると、そちらの方向から声が聞こえてきました。
「時間稼ぎ・・・・・・、このような小細工など」
辺りの空気が震え、生み出された衝撃波によって辺りを覆っていた霧が一部消し飛ばされますが、再び集まって多い隠し続けています。
「面倒ですね」
中心付近から竜巻が発生し、一斉に霧を全て巻き上げて消し飛ばしてしまわれました。
しかし、私も準備を整え、これからの行動を考えます。
「では、第二幕といきましょうかね」
再び、私へ向かって振り下ろされた剣先を、ギリギリのところで躱します。
そのまま身体強化と雷を纏わせてこめかみへと拳を突き出しましたが、こちらも反対の手で受け流されます。背後からの一撃には、障壁と空気塊を作ることで防ぎ受けます。
地面を滑るようにして距離をとり、反転すると、炎の矢を撃ち込みます。セット様はお手持ちの剣で薙ぎ払われると、その先に作り出された落とし穴には、その剣をつっかえ棒にすることで回避されました。
反動で空中を一回転されて着地されると、すかさず鋭く尖った地面を隆起させます。私は足の裏に障壁を展開すると、先端を飛ぶように渡り歩いて回避しながら、彼の眼前へと着地します。
着地と同時の足払いを障壁で防ぐと、こちらも空気塊で吹き飛ばすように圧力をかけます。
顔の前で腕を交差されて踏ん張っていたセット様は、小さく舌打ちをされると、真横に飛びのかれました。
「おい、手こずってんのか」
再び顔を上げてこちらを見ていたセット様は、声の掛けられた方へと顔を向けられました。私も、おそらくは相手の増援と思われる方を無視するわけにはいかず、同じ方向を見つめます。
「ジェリス・・・・・・。手出しは無用だ。今、少し楽しんでいるところだからな」
ジェリスと呼ばれた、イエザリアの校章をつけた、薄緑の長髪の男性は、顔にかかった髪を掻き上げられながら、こちらを見下ろしてきました。
「誰、どなたかと思えばルーナ様じゃないか。おい、セット。悪いが俺も参加させてもらうぜ」
「おい、俺の話を聞いていたのか。今俺が」
「聞いてねえよ」
何事か言い争っていたようにも見えましたが、とにかくイエザリアの生徒が私のところへいらしたということは、校章へ向かう方が減るということで、それだけ考えれば良いことなのかもしれませんが、私個人としては非常に大変な状況に陥ってしまったと言わざるを得ません。
「ルーナ様」
しかし、そう判断するのは早計だったようで、背後から多少息の上がった声が掛けられました。
「カロリアンさん。こちらへ来ても大丈夫なのですか」
「はい。シエスタ寮長が、自分は離れることが出来ないからと私たちをこちらへ遣わされました」
たち、と言われて横を見ると、ハーツィースさんがすでに攻勢に出られていらっしゃいました。
「ルーナ。あちらは私が引き受けますから、もう片方を倒してしまいなさい」
「私もお手伝いいたします」
背後を見れば、シエスタ先輩は大丈夫ですと言わんばかりに、優雅に頭を下げられました。
「ありがとうございます。いえ、そうではありませんね。では、一緒に参りましょう。構いませんよね」
必要はないのですが、一応確認をとりました。
「もちろん。勝負が面白くなるのならば、2人でも、3人でも同時で構わない」
私はカロリアンさんと見つめ合い、頷くと、二人でセット様に向き合いました。
「おい、お前。俺は王女様と戦いたいんだよ」
「ほう、人間。つまり、私では力不足だと言いたいのですか」
「ああ、その通りだ」
雲行きの怪しい会話が聞こえてきたのでそちらを向くと、ゆらり、とハーツィースさんから怒気が立ち上がるのを幻視したように思えました。
「思い上がるなよ、人間風情が」
「ユニコーンってのは口が悪い種族なのか」
私がごくりと喉を鳴らすと、カロリアンさんも不安そうな表情で私を見上げてきました。
「大丈夫です、やり過ぎたりはされないはずですから」
「おい、そろそろいいか」
待ちくたびれたらしいセットに声をかけられて、私たちは向き直りました。
「すみません、お待たせしてしまい」
「いや、いくらでも時間をかけてくれ。それで勝負が面白くなるのなら大歓迎だ。くれぐれも失望させてくれるな・・・・・・くださいよ」
とってつけられたような敬語に思わず苦笑を漏らします。
「シエスタ先輩は気にされるのですけれど、私自身は別に構いませんよ。公の場所ではありませんし、今はルグリオ様の婚約者のルーナ・リヴァーニャではなく、エクストリア学院4年のルーナ・リヴァーニャですから」
「そうです・・・・・・いや、そうか。では、仕切り直しの意味も含めて、こちらも改めて名乗らせてもらう。イエザリア学院5年、セット・ヘックスだ」
ボサボサの赤茶けた髪を掻き上げられながら名乗られたセット様に、カロリアンさんも名乗りを上げられます。
「初めまして。エクストリア学院1年、カロリアン・アインシュタットです。以後お見知りおきを」
「では再開といきましょう」
私たちは互いに距離とタイミングを計り合いながら、じりじりと交戦を開始しました。