イエザリア学園
熱いシャワーで汗を流し、制服に着替えて運動着に浄化の魔法をかけた後、私は収納の魔法で、他の皆さんは荷物を持って馬車へと乗り込み、イエザリア学園へと出発しました。
振動を抑える魔法によって馬車の中でも昼食をとることに苦労はしませんでしたけれど、疲れもあり、次の試合に備えるという意味でも、私たちは到着までぐっすりと眠りにつきました。
御者の方とリリス先生に起こされて、馬車の外へと足を踏み出した私たちは、大きく伸びをした後、校門まで迎えに来てくだっさったイエザリア学園の方の案内を受けました。
「ようこそお出で下さいました。私、当学園で騎士志望者の担当をさせていただいております、アストロ・カロックと申します。以後お見知りおきを、エクストリア学院の皆様」
がっしりとした体格のアストロ様は、彫りの深い顔立ちので、優雅に茶髪をなびかせた、どこか、そう、ルードヴィック騎士長様のような雰囲気を醸し出していらっしゃる方でした。
疲れない程度に案内された学園内の敷地では、対抗戦などどこ吹く風とでもいうように、魔法や武器、筋力や体力、さらには模擬戦などの自主鍛錬を行う生徒や教師の方が結構な数いらっしゃいました。
「すみませんねえ。うちの奴ら、せっかくこうしてエクストリアの麗しいお嬢さん方が来てくださったというのに。騎士たる者の務めは主君、姫君をお守りすることだと常日頃から言い聞かせているのですがね」
頭を掻かれながら、アストロ様が楽しそうに笑顔を浮かべていらっしゃいます。
なるほど。たしかに、3年生の時に対戦したイエザリアの生徒は、ユルシュ様にはシエスタ先輩は相当お怒りのようでしたけれど、そこまで悪感情も持たれてはいなかったようですし、今回の騒動も原因となった方以外はこちらに対して特にそういった感情をお持ちのようには見えませんでした。
当然のことではありましたが、個々人での考え方には違いがありますし、全員が全員、こちらに対して不快感を持っていらっしゃるわけではないということでしょうか。
「少しお尋ねしてもよろしいですか」
剣の稽古場を通り過ぎた辺りで、クラウディア先輩が後ろから声をかけられました。
「もちろんですよ、えーっと」
「エクストリア学院5年、クラウディア・ティモールです、アストロ様」
クラウディア先輩は一歩前に進み出られると、優雅にお辞儀をされました。
「これはご丁寧に。それでどのようなご用件でしょうか、クラウディア嬢」
「こちらの学園では、別段、女性に対する偏見などお持ちの生徒はいらっしゃいませんよね」
クラウディア先輩は訓練場を横目で見られながら、軽く、ではなく、真剣な面持ちで質問されました。
それに対して、アストロ様は、ばつの悪そうな顔を浮かべられました。
「もちろんです。・・・・・・と本来であれば言いたいところなのですが、どうもうちの男どもの中にはそういった思いを抱いているものも少なくなく・・・・・・。もちろん、そのような奴らばかりではなく、むしろ少数ではあるのですが。いやあ、お恥ずかしい」
そこまでおっしゃられたアストロ様は何かに気がついたように真剣なお顔を作られました。
「もしや、何かうちの生徒がそちらに不快な思いをさせたでしょうか」
当事者ではないにもかかわらず、アストロ様から発せられた気当たりに押されて、私たちは一歩、二歩と後ずさりました。
さすがに気を失ってしまうまではいきませんでしたが、カロリアンさんやエリィさんは、手を固く握り込んで震え出すのを我慢していたり、キサさんに抱き着いていたりしていました。目の端には、若干、涙が浮かんでいるようでもありました。
「これは失敬。怖がらせてしまったようですな」
アストロ様が膝をつかれ、先輩方やリリス先生が対応なさっている間、私たちは、カロリアンさん達が落ち着くまでぎゅっと抱きしめていました。
ひとしきり抱きしめたり、髪を撫でたりしながら、はっと我に返ったカロリアンさんが、自身の髪のようにリンゴのように真っ赤に染めた頬で下を向かれるまでその場で待っていた私たちは、再び案内され、その後は特に問題もなく、いくつも見かけた競技場のうち、対戦に使われる一番大きなところへ到着すると、更衣室へと案内していただきました。
「まだ全てを確認したわけではありませんが、心配しなくてもよさそうな雰囲気のところですね」
スカートのホックを外しながらつぶやくと、隣のシェリルも頷いていました。
「うん。あのときも、他のイエザリアの選手は止めようとしていたみたいだったし、個人的な考えなんじゃないかなあ」
「油断は禁物だよ、二人とも」
しかし、アーシャはそう考えてはいないようでした。
最初から疑ってかかるのは、おそらく対戦に影響を及ぼすと思うのですけれど、気を緩めすぎるつもりもありません。
「大丈夫です、アーシャ。慢心することはありません」
「失礼します」
答えた直後、扉が叩かれ、一番近くにいた私は、女性の声だったこともあり、周囲を確認すると扉を開きました。
「どうかなさいましたか」
「はい。あの・・・・・・」
そこまでおっしゃられたイエザリア学園の制服を着た女生徒は、顔を真っ赤にして鼻血を吹かれて仰向けに倒れかけてしまわれました。
「大丈夫ですか」
私は咄嗟に風のクッションをつくると、屈み込んで支えます。
「ルーナ様、その・・・・・・」
彼女は口をパクパクとさせた後、再び鼻を押さえられました。
「ルーナっ、ズボンっ」
シェリルが大層焦った様子で声をかけてきて、私は自分の下半身を見下ろしました。
淑女にあるまじき大声を上げてしまった私は、なんとか女生徒を落とすことはしませんでしたが、注目を浴びる前に、彼女を降ろして、更衣室の扉を勢いよく閉めました。
「・・・・・・シェリル、ありがとうございます」
「ルーナ、大丈夫」
「うぅ・・・・・・、はい。すみません」
羞恥に身を焦がした私は、いっそこのまま消え去りたいとも思いましたが、そうもいかず、顔が真っ赤なことを意識しながら着替えを済ませました。
倒れてしまった彼女は準備運動の知らせを持って来て下さっただけでしたので、私たちは少し体操を行うために競技場へと向かいました。