シエスタ先輩は心配性
対抗戦二日目、今日は二戦、その上その二戦とも他校へと出向いてのことになるため、朝から厳しい時間割でした。
毎回の事ではあるのですけれど、朝早くにも関わらず、人数分のお弁当を用意してくださるトゥルエル様やシフォン様には本当に頭が下がります。
「そんなことはいいから、今日もしっかりとやってくるんだよ」
「お帰りをお待ちしていますね」
シエスタ先輩を含めて、朝弱い選手の皆さんを協力して起こすと、揃って朝食をいただいてから馬車へ乗り込むと、今日の最初の相手であるサイリア特殊能力研究院へと向かいました。
「ようこそお出で下さいました、エクストリア学院の皆様。本日は僭越ながらこの私、アンナ・ミートゥが皆様のご案内役を務めさせていただきます」
小柄で、白衣を纏い、オレンジの髪をところどころ跳ねさせたこちらで教授を務めていらっしゃるというお若いように見えるアンナ先生に先導されて、施設の案内もそこそこに競技会場へと案内されました。
更衣室で着替えを済ませると、朝早くにも関わらず、すでにぽつぽつと埋まり始めている応援観客席と、当然ではありましたが、先にいらした、おそらくはサイリア特殊能力研究院側の選手であろう方々に軽く挨拶をしてから、私たちも準備運動をして身体を温めました。
「皆さん、特にシトリィ、クラウディア、聞いていますか」
試合開始直前、引率でいらしたリリス先生に見送られた後、シエスタ先輩は私たちの前に一歩進み出られると、くるりと私たちの方へ身体を向けられました。
「いいですか。あなた達にも色々と言いたいことや思うところはあることでしょう。だからといって、特に今日は当日ですから、この先のイエザリア学園との対戦にばかり気をとられるのではなく、まずは目の前の対戦、サイリア特殊能力研究院との対戦に集中してください。集中力不足で負けたのではそれこそ良い笑いものです」
「分かってるわよ」
視線を向けられたお二人は、バツの悪そうな顔で頷かれました。
「・・・・・・結構です。それでは皆さん、本日も気を引き締めて参りましょう」
「はいっ」
シエスタ先輩の号令の下、私たちはごつごつとした大小さまざまな岩が敷かれているフィールドへと足を踏み入れ、開始の合図を待ちました。
開始の合図とともに、おそらくは相手方の陣地がある方へと飛ぶように駆けて行かれた皆さんを、私は自陣の校章の前で見送りました。
「心配ですか」
不安そうな顔つきで見送っていたシエスタ先輩に声をお掛けしました。
「はい、いえ。皆の実力を心配しているわけではないのです。私はずっと守りについていますから攻撃側のことは分かりませんけれど、前回のユルシュ・ヴァニアス・・・・・・様の実力は確かなものでした。皆のやる気が空回りしていると、万が一が起こらないとも限りませんから」
様々な要因から、例えば身体的な問題などにより、攻撃に参加するよりも自陣の一番奥、校章を守ってくださっているシエスタ先輩の声音は、やはり不安の入り混じったものでした。
シエスタ先輩の硬く握られた拳を、私は柔らかく包むように握りました、
「ルーナ様・・・・・・」
「大丈夫ですよ、シエスタ先輩。先輩方は張り切っていらっしゃいましたが、それで大事を起こすような、そんなことはなさらないはずです」
「・・・・・・たしかに私は皆を信じていますが」
「それでも足りないのならば私を信じてください。大丈夫です。もし仮に、緊急事態が起こるようなことがあれば、私が全力でどうにか解決します」
「いいえ、それはいけません。大事な玉体にもしもの事があれば、私はこの場の責任を負うものとして、もはや顔向けが出来ません」
「シエスタ先輩っ」
どうかお願い致しますと膝をついてしまわれたシエスタ先輩に、同じ最奥の校章の前で守りについていたシャノンさんが大変驚いた声を上げました。
「シエスタ先輩、そのようなことはなさらないでください」
「いいえ、御身を危険に晒さないとお誓いになるまでは、決してこの顔はあげません。確かに、以前、ルーナ様がおっしゃられたことには反するような態度になってしまうかもしれません。ですが、どうか」
私はシャノンさんを手で制すると、シエスタ先輩の前に屈み込みました。
「シエスタ先輩」
シエスタ先輩はいまだ膝をつかれたままです。
本来ならばこのような手段をとることは好きではないのですけれど、このままでは対戦など関係なく、いつまでもこの状況が続いてしまうことでしょう。
「顔を上げてください、シエスタ・アンブライス」
少し語気を強めると、ようやくシエスタ先輩はお顔を上げてくださいました。罪悪感というか、申し訳ない気持ちで一杯になりかけましたが、ぐっと飲み込んで言葉を続けます。
「私の事を心配してくださっていることにはとても感謝しています。大丈夫です、そのような時は訪れないことを祈っていますが、私は自分からわざわざ危険に飛び込むような真似は致しません。約束します。それに・・・・・・いえ、何でもありません。とにかく、安心なさってください」
「・・・・・・分かりました」
シエスタ先輩が立ち上がられると、シャノンさんが随分と遠慮がちに声をかけてきました。
「あの、先輩。私、ここにいても良かったのでしょうか」
「もちろんです。何か気になることでもありましたか」
「・・・・・・いえ、何でもないです。はい」
幸い、もちろん油断はできませんが、今のところ結界内に何かが侵入したという感じはしていません。
「そうですか。気を遣わせてしまったようですみません」
「シエスタ先輩、私の事なら大丈夫です」
シャノンさんの顔はほんのりと赤く染まっているようでしたが、体調はこの上なく良いとのことでしたので、私は気を取り直すと周囲の警戒に専念しました。