認識すること
空中に散らばった魔法陣が弾けると、無数の光弾が飛び出してきました。そのうちの大半は私に向かって来ているのですけれど、たまに私ではなくアーシャやシエスタ先輩、そして校章へと向けられるものが混ざっています。
「余所見をするとは余裕ですね」
私はその全てを障壁で防ぎきると、見よう見まねでキャシー先輩のように身体に雷を纏わせると、バチバチと音がして気付かれる可能性が高くなることが欠点だとは思いますが、ルーラルの男子生徒の脇をすり抜け、背後に回ります。
そのまま背中へ目がけて稲妻を放ちましたが、相手もさるもの、瞬時に反転、地面を隆起させると、それを壁にして私の魔法を受け流します。
今度は目の前から壁が迫ってきているためすり抜けることは出来ませんから、やむなく身体強化と、巻き起こした風を使って、空中へと飛び上がり、迫りくる壁を躱します。
それと同時に足の下及び頭上に障壁を再度展開、私が飛び上がって避けることを予想していたのであろう狙いすましたかのような位置に出現した、何か挟んで捕らえるような形状の罠らしきものを弾き飛ばします。
「やるな。だけどこれなら、今度は弾き飛ばすことはできないだろう」
地面が再び隆起したかと思うと、獣の顎のような格好に変化して、私の身体を挟み込もうと大きな口を開けて待ち構えています。おそらく、障壁ごと食い破る気なのでしょう。
しかし、功を焦ったのか、如何せん魔法を使うのが早すぎます。
「何っ」
私は空中から生成した氷柱をつっかえ棒にして開いた顎に噛ませると、挟まった時の衝撃を利用して方向転換、離れた地面に着地します。
「少しばかり作り出すのが早かったようですね。もう少し遅ければ対処も難しかったのですが」
「そんなにすぐに作り出せるはずないだろ。準備だって必要なんだから」
舌打ちと共に、今度は黒い影が足元から伸びて来て、私の足を捉えます。正確には捕らえられたようです、と言った方が正しいはずです。今の私には足の感覚がなくなっていますから。
今更、この程度の魔法が有効ではないことぐらいは分かっていらっしゃるはずなので、そこにあるはずの足は放っておいて、正面へと迫る拳をしゃがみ込むことで躱しつつ、躱した先に放たれた光弾を障壁で跳ね返します。
「っ。危ねえ」
躱すために態勢を崩し、私から目が逸れた隙に足に向かって魔力を込めて、拘束していた影を霧散させます。
「・・・・・・足の感覚があったのか」
「いえ。感覚はなくなっていましたよ。ですが、感覚がなくなろうとも、視ることができさえすればそこに足があることを認識できます。消し飛ばされたというのなら話は別でしょうが、少し油断があったようです」
目先の魔法に誘導されて、魔法への障壁をそちらへと集中させ過ぎてしまったのは私のミスですが、それで倒されるほど軟ではありません。
「・・・・・・どうかなさいましたか」
戦いの最中だというのに、ぽかんとした表情をしている相手に、隙だらけのようでしたので絶好の機会でもありましたが、もしかしたら何かの前兆なのかもしれないと思い、慎重を期するという意味でも慌てて距離をつめるようなことはしません。
「・・・・・・ふふっ。はっはっは」
なぜか急に笑い始めてしまわれましたが、何か楽しいことでもあったのでしょうか。
「いやぁ、失礼失礼。まさかそんなに簡単に突破されるとは思わなくてね。普通、感覚がなくなっているんだから少しは動揺したりするもんでしょ」
「動揺している隙に殺されないとも限りませんから。練習や演習ならばいざ知らず、一応これは実戦ですので」
「・・・・・・感覚が優れすぎてるんだよなあ」
何事かつぶやかれた後、同じ影のようなものから、ゆらゆらと揺れる刃を持った、真っ黒な大鎌のようなものを引き抜かれました。
「なるほど。先程の効果を付与した大鎌ですか」
それには答えられずに、ただ鋭く、地面まで草ごと刈るように振り回されます。
「そのような大振りでは当たりませんよ」
「いいや、当たる、当ててみせる」
おそらく、影で出来ていて実体がないため、ほとんど重さも感じないのでしょう。まるで鞭か何かを振るっているかのような軽快さで避ける私を追い回してきます。
「どうした、障壁でガードしたりはしないのか」
「わざわざおっしゃることでもないでしょう。そのようなことは言わずに待っている方が効果的ですよ」
もしかしたらブラフという可能性もないわけではないのですが、おそらくは障壁すり抜けるだけの効果が付与されているものと考えられます。
「しかし、そうですね。乗ってみるのも悪くはないかもしれません」
私は纏っていた雷を消して後退を止めると、その場で障壁を展開して、黒い大鎌を待ち受けます。
「真向勝負といきましょう」
「望むところ」
掛け声とともに薙ぎ払われる大鎌の、丁度先端がくる位置を見計らって、手のひら一点に集中させた障壁で受け止めます。
魔力の弾けた耳鳴りのような炸裂音とともに、鎌が振るわれた風圧によって巻き上げられた草がぱらぱらと舞い落ちてきます。
「どんな視力だ」
まさに先端部分で貼られた障壁に驚きの声が掛けられます。
「見えていた訳ではありません。迫ってくる魔力を感じてその部分に障壁を張ったということです」
障壁を張るにしても、範囲が狭い方が消費も抑えられますし、強度も上げることが出来ますから。
そのまま黒い鎌を伝ってこちらから相手に接近すると、後退する相手よりも早く接近して、直接、出力を絞った雷を流し込んで気絶していただきました。
「アーシャ」
起き上がってこないことを確認してから後ろを振り向きます。
もしかしたら、こちらの先頭に巻き込んでしまったかもしれないと思っていましたが、そのような心配は杞憂に終わったようでした。
アーシャも、相手校の選手も共に膝をついていましたが、地面やシエスタ先輩のようすを伺うに、そちらへと魔法が流れていった気配は見られません。
「こっちは大丈夫だから、私に任せてルーナはシエスタ先輩と」
「分かりました」
アーシャの相手はリィン先輩と同じような氷の剣を、アーシャはそれに対抗するかのようにグリスさんが使っていたような炎を纏った剣を手に構えています。
「後のことは任せて思い切りやってください」
「ありがとう、ルーナ」
私はシエスタ先輩とダウンしているシャノンさんの隣まで下がると、一緒にアーシャの戦闘を見守ります。
「シエスタ先輩、大丈夫でしたか」
「はい。おかげさまで」
感謝されながらも、どこか非難されているような視線を向けられます。
「えっと、その」
「ルーナ様」
「は、はいっ」
「次にこのようなことがあれば私にお任せくださいね」
怖い笑顔と共に、有無を言わさぬ口調で告げられて、私はすぐに首を振りました。
アーシャの方もそろそろ決着となりそうでしたが、その前に攻撃陣が相手の校章の破壊に成功したことによる私たちの勝利が伝えらました。
中途半端なところで終わったアーシャと相手校の選手は不満そうな顔でしたが、お互い同時に息を吐き出すと、歩み寄って握手を交わしていました。
「いやあ、負けた負けた」
私たちの方にも気がついたらしい相手校の選手がいらして手を差し出してくださいました。
「次があるかどうかは分かりませんが、今度は負けません」
「望むところです。こちらも負けないようにいたします」
笑顔を浮かべて自陣に戻ってくるシェリルや先輩方と合流して、私たちは挨拶へと向かいました。
これは共闘じゃないな