後輩を見守ることも大事なこと
遮蔽物はほとんどない、とは言いますが、背の高い草むらや、所々にぽつんと生えている低い木々が、校章や私たち選手生徒の身体を隠すことに一役買っています。
そんな中にいくつか作られている小高い丘陵を越えた先が、おそらく相手校の校章がある場所と思われました。
「なんだか、寝転がりたくなりますね」
天気は晴天、空から降り注ぐ眩しい日の光と、穏やかで涼し気な秋の風を身に受けて、開始前の緊張感もどこへやら、私はぽつりとつぶやきました。
「でしたら、そうなさっていても構いませんよ。後のことは私どもにお任せください」
皮肉ではなく、本当にそう思っているような口調で、一緒に最後尾、校章の守りについているシエスタ先輩が真剣そのもののお顔を向けられたので、私は慌てて否定しました。
「いえ、シエスタ先輩。ほんの冗談ですから」
「私もそうでしたよ」
私たちは同時に微笑みを浮かべました。
そんな私とシエスタ先輩のやり取りを、シャノンさんがきょとんとした表情で見つめながら、目を瞬かせていました。
「あの、よろしいでしょうか」
「どうかなさいましたか」
「いえ、その、先輩方は学院での選抜戦のときと随分雰囲気が違うなあと思いまして。春はシエスタ寮長が大分遠慮なさっているような雰囲気でしたので」
やはりそれは夏季休暇をお城で過ごされたことが関係されているのかもしれません。
最近、というほどでもないのですが、コーストリナのお城でもアースヘルムのお城と同じくらいにはくだけた調子で接してくださる方も随分、というよりほとんど皆さんそのように接してくださるようになられたので、私もようやく認めていただけたのかと嬉しく感じていましたが、そんなお城や街の雰囲気がシエスタ先輩にも伝播されたのかもしれません。
「そ、そうですね。私としたことが、何を馬鹿な・・・・・・。すみません、ルーナ様」
しかし、シエスタ先輩はそうは思われなかったらしく、愕然とした蒼白な表情で両膝を折られて、草むらに手をつかれました。
「そのようなことはなさらないでください。他にどれほどの観客の方がいるとお思いですか」
いくら何でも、選抜戦の最中に、それも相手とも接触しないどころか、まだ何もしていないうちから先輩が後輩に向かって膝をつくなど普通はありえません。異常だと感じられれば、もしかしたら、審判の先生方に止められる恐れもないとは言い切れません。詳しくは分かりませんが。
「しかし」
「分かりました。お話は後ほど伺いますから、今のところは目の前に集中してください」
「はい」
そろそろのんきに話している場合でもなくなるでしょうし。そう思った矢先、前方、ルーラル魔術学校の陣地があると思われる方向とは逆の後方から結界に反応があったので、私はそちらを振り向くと、最外層の結界を保ったまま、そちらへ向かって手を伸ばしました。
「やっぱり気付かれたか」
私には聞こえませんでしたが、相手の選手は何事かつぶやかれると、槍のように突き出された地面から見事な跳躍で、おそらくは魔法によるものでしょうが、飛びのかれ、尖った地面の先に見事なバランスで着地されました。
いくら戦闘系の授業を専門にしていないとはいえ、さすがは男性というところでしょうか。
「シエスタ先輩、シャノンさん。こちらのお相手は私がしますから、お二人は校章をお願いします」
「お任せください」
振り返らずともシエスタ先輩が頭を下げられているのが分かりました。
「待ってください、ルーナ先輩」
そうして私が相対しようと思っていたのですけれど、シャノンさんに止められてしまいました。
「先輩の方が実力が高いのは百も承知です。ここで私が無暗に出しゃばらない方が、結果的に負担も減るかもしれません。ですが、あえて言わせてください。ここの相手は私に任せてくださいませんか」
決意を込めた瞳で迫られて、私は考えました。
ここで私が相手をする方が戦略的には正しいと言えるはずです。相手の力は未知数ですが、だからこそ対応できる範囲が広い私が相手取る方がこの場での戦いを考えたのなら正解でしょう。
しかし、そういった理由で相手をしてしまうことが本当に正しいのかと問われれば、確実にいつもそうだとは言い切ることは出来ないでしょう。今回は実戦ではなく、あくまで選抜戦、言ってしまえば練習、演習の延長のようなものです。ならば、このような言い方は好きではありませんが、私や、いざとなればシエスタ先輩がフォローできるうちに後輩に経験を積ませることも先輩としての役目かもしれません。
「分かりました。それではお願いしますね」
「はいっ。頑張ってきますっ」
尻尾があればきっと随分大きく振っていたことでしょうと思えるほどに張り切った様子で、シャノンさんは目を爛爛と輝かせて私たちの前へと出られました。
「そういう訳で、ルーナ先輩やシエスタ先輩ではなくて残念と思いますが・・・・・・、そうですね、先輩方と戦いたければ私を倒してからにしてください」
何かに影響されたのか、のりのりの様子で言い切ると、相手の生徒は目配せでもするように、ほんの一瞬横へと視線を向けた後、こちらへ向かって進んできていた歩みを止められました。
「シエスタ先輩」
「心得ています」
私たちは周囲への警戒を怠ることなく、今まさに始まった目の前のシャノンさんと相手の選手の相対を見つめました。
「ルーラル魔術学校4年、エイフィス・アヴォンだ」
ぼさぼさの短い金髪に真紅の瞳をした彼はそう応えられました。やはりというか、先頭を任されるほどで、しかも、おそらくは交戦したと思われる先輩方をかいくぐってここまで短時間で辿り着けるほどですから上級生かとも思っていましたが、少なくともシャノンさんにとってはそうだったようです。
「エクストリア学院3年、シャノン・グリムです。一手お相手をお願いしますね」
シャノンさんは綺麗にお辞儀をされると、興奮なのか、喜びなのか、感情を隠しきれていない口調でそう名乗りを上げられて、それでも飛び出すようなことはなく、ふんわりと笑われました。