主と従者
「よくぞ参られた、ルーナ姫。私がコーストリナ王国国王、ヴァスティン・レジュールだ」
玉座の前まで姿を見せた僕たちが膝をつくと、父様は厳めしい口調でそう告げて、頭をさげた。
「まずは此度の騒動でそなたに多大な迷惑をかけたことをお詫びしよう。すまなかった」
「頭をお上げください、ヴァスティン様。謝罪されるようなことはありません。この度のことは以前より父から聴かされておりましたから」
ルーナ姫は今回のことを知っていたらしい。それはそうだろう。人生に関わることなのだから、当人にも話して然るべきだ。我が家の両親が異常なのだ。
「そうか……」
父様はそれだけ言うと、何かを考え始めたようで黙り込んでしまった。代わりに母様が、やさしげな口調でルーナ姫に語り掛ける。
「はじめまして、私が王妃のアルメリア・レジュールよ。……ルーナちゃん、でいいかしら。私はあなたがルグリオのお嫁さんに来てくれてとても嬉しく思っているわ。困ったことがあったら何でも助けになりますからね。お母さんの代わりとまではいかないかもしれないけれど、いつでも頼ってくれていいのよ」
「ありがとうございます。アルメリア様」
「頼りないところも多いけれど、ルグリオをよろしくね」
「私などがどこまでお力になれるかわかりませんが、精一杯務めさせていただきます」
ルーナ姫の言動は9歳の女の子にしてみては大分大人びているように見えたけれど、特にこれといった問題点もなかった。どころか、ほとんど完璧に近いもので、それが逆に僕には異常に見えた。いくらお姫様だからといって、9歳の女の子が、違う国に来て、いつもと違う雰囲気の中で、こんな風にいられるものだろうか。
そう思って、僕は感心するのと同時にルーナ姫の横顔をチラリと窺ったのだけれど、その表情からは何も読み取ることはできなかった。
その後、ルーナ姫の従者と思われる人たちによって、結納の品ということでたくさんの荷物が運び込まれた。それがひとまず落ち着くと、今度こそ僕はルーナ姫を、途中の部屋の説明もしながら、部屋に案内した。
「こちらが今日からのルーナ姫様の私室として用意された部屋になります」
僕は扉を開けて部屋の中に招き入れた。
部屋の中は暖色系の明かりが照らしており、ベッド、カーペット、その他机や椅子等も、全体的に暖かそうな色調で統一されていた。後ろからは、ルーナ姫の従者の人たちがルーナ姫の荷物を運んできて、部屋の中に配置していく。もちろん、僕がいるので着替えの服なんかは出されたりはしないけれど。
全ての荷物を運び終えると、彼らの中から一人の女性が残り、他の従者の人たちは一礼して部屋を出てゆかれた。その女性はルーナ姫の前に跪くと、重々しい口調で話し始めた。
「姫様、荷物は全て運び終わりました」
「ありがとう、フェリス。あなたたちには苦労をかけました」
「苦労など、滅相もございません。私たちの全ては姫様のためにございます」
そう言うと、フェリスと呼ばれた赤茶色の髪の女性はしばらくじっと動かなかったが、意を決したように思い詰めたような顔を上げた。
「—―姫様、やはり私」
「フェリス、ご苦労様でした。下がりなさい」
皆まで言わせず、有無を言わさない口調で告げられて、フェリスさんは、失礼いたしましたと言って立ち上がると、ルーナ姫に向かって一礼した。
姿勢を戻すと、僕の前まで歩いてきた。
一瞬、僕のことを睨みつけたようにも感じられたが、気のせいだろう。
「ルグリオ様。どうか姫様をよろしくお願いいたします」
フェリスさんは深く頭を下げた。その表情には切実なものが浮かんでいた。
「たしかにお預かりいたしました。以後のことは、私が必ず責任を持ちます」
僕もできる限り誠実な口調でそう告げた。