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お礼参り

 夜中、皆が寝静まった頃合を見計らって、私たちは静かにベッドから抜け出しました。


「それじゃあ、サラさん、シエスタさん。悪いのだけれど、しばらくの間皆のことをよろしく頼むよ。出来る限り早く戻ってくるつもりではあるけれど」


 私たちの事情を察してくれたのか、メルたちが気をきかせてくれたおかげで、昼間の疲れもあってか、皆ぐっすりと眠ってくれているようで、起き出してくるような気配は感じられません。


「承知いたしました。十分にお気をつけて行ってらしてください。ルグリオ様、セレン様、ルーナ様」


 お二人の深いお辞儀に見送られながら、私たちは手を繋ぎました。


「準備、は特にないけど、大丈夫かな」


「はい、ルグリオ様」


 私にお声をかけてくださってから、ルグリオ様はセレン様とお顔を見合されて頷きあっていらっしゃいました。


「それじゃあ、行ってきます」




 転移した先は、思い描いていたような不気味な感じが漂うおどろおどろしい建物などではなく、なんとなく小奇麗に整えられた石組みの白い小屋のようなお家でした。

 嵌められている木造りの扉をルグリオ様が静かにノックされました。


「夜分に済みません。ルグリオ・レジュールです」


 夏の暖かい夜風が穏やかに吹く屋外でしばらく待っていると、ギィという軋むような音と共に扉が開かれて、中から光が溢れてきました。


「これはこれは、ようこそ、よくぞ来てくれたねえ。まぁ、立ち話もなんだから、入って入って」


「失礼します、ミカエラさん」


 肩の辺りでふわりと広がるショートカットの宵闇のような黒髪に、光る眼をした、良い体つきのその女性、ミカエラさんは、ルグリオ様とセレン様を順番に眺められてうんうんと頷かれると、私のところで目を止められました。


「お初にお目にかかります。ルーナ・リヴァーニャと申します。ミカエラ様」


 お辞儀をしてから顔を上げてミカエラ様のお顔を拝見すると、光る眼が細められました。


「ふーん、なるほどなるほど‥‥‥なるほどねえ。これはこれはご丁寧にどうも。知っているかもしれないけれど一応ね。私はミカエラ・フェリドット。この辺りで魔女をやってます。様、なんていらないよ。以後よろしく」


 さあさあと背中を押されて私たちが家の中に入ると、ミカエラ様はどこからともなくポットとカップを取り出されました。


「まあまあ、座って座って。今すぐ紅茶を入れるから」


 ルグリオ様が引いてくださった椅子に座ると、扉と同じようなミシミシと軋む音がして、私は思わず下を向きました。


「あの、大丈夫なのでしょうか?」


「いやいや、全然、大丈夫じゃないかもしれないねえ。もしかしたらそろそろ壊れてしまうかも」


 ミカエラ様は楽しそうにコロコロと笑っています。


「ルーナ、心配しなくても大丈夫だよ。そういう魔法がかけられているらしいから」


 ルグリオ様はそうおっしゃられると、同じように軋んだ音を響かせながら椅子に座られました。

 最後にミカエラ様が一際大きな音を立てて椅子に座られると、どこからともなく、おそらくは収納の魔法なのでしょうが、茶葉の入ったポットとカップを取り出されました。


「紅茶で良いよね」


 夏とはいえ、夜中で少し冷えていた身体に丁度良く温かい紅茶はとても美味しく感じられました。


「それでそれで、今日も遊びに来てくれたのかな。そっちの銀の子、ルーナちゃんって言ってたっけが、前に言ってたあの子なんでしょ」


 ミカエラ様に見つめられて、カップをお皿に戻した私は、立ち上がると頭を下げました。


「この度はこのような夜更けに突然押し掛けてしまい申し訳ありませんでした。一言お礼を申し上げたく参った所存です」


「お礼なんて言われるようなことはなにかあったかな?」


「以前、私にかけられていたらしい呪いを解くための方法の記された本をこちらでお貸しいただいたとお聞きしました」


 あれから一度も私の身体が変化するようなことは起こっていません。学院に皆と同じように普通に通えているのも全部そのおかげです。


「いいよいいよそんなこと気にしなくて。なんだか元を辿れば私の母だか祖母だかのせいらしいじゃない」


「そうなのですか?」


「いいや、詳しいことはさっぱりだけど。ともかくともかく、お礼って言うなら受け取っておくけれど、何にも気にすることはないよ。まあ、時々遊びに来てくれれば、私としては大分とっても嬉しいかな。なんせ、一人は暇でねえ。することといえば、新しい魔法を開発したり、適当な薬を作ってみたり、代り映えのない毎日だからね。だから大いに歓迎するのさ、お客人はね」


 それからミカエラ様はいくつか色がついていたり付いていなかったりする液体の入った瓶を取り出されました。


「これは髪の毛を伸ばす薬、こっちはしばらくの間透明になる薬、そしてこれは眠らなくても疲れなくなる薬」


 欲しいかなと聞かれましたけれど、私たちは揃って首を横に振りました。ミカエラさんは被験者が捕まらなくて残念と、さらりと恐ろしいことを言われてから、カップに口を付けられました。


 夜更けでしたし、あまりお邪魔しているのも悪いと思い、しばらく雑談をかわして、何冊か書物に目を通させていただいた後、お暇することにしました。


「また遊びに来ます。今度は陽の出ているうちに」


 戻る前にもう一度、深く頭を下げました。


「ミカエラ様、たとえ関係ないと申されても、私は感謝しております。ありがとうございます」


「ふーん、じゃあ、お礼を貰っておこうかな」


 ミカエラ様は右手を一振りされました。


「うんうん、可愛い可愛い」


「ルーナッ」


「へえ」


 ルグリオ様は慌てたような声を出されて、セレン様はとても興味深そうに私をご覧になっていました。


「あの、何か」


「これよ、これ」


「だめ、姉様」


 ルグリオ様がセレン様の手を握って抑えられます。


「まったく、私の弟は独占欲が強いわねえ」


 そこでようやく頭頂部付近に違和感を感じた私は、、恐る恐る手で頭を確認します。

 そこには、三角形の、おそらくは耳のようなものがついていました。まさかとは思いつつも、腰の後ろに手を回すと、ふさふさとしたものを感じました。握って振り返って見てみると、いつか見た、白い尻尾が生えていました。


「ル、ルグリオ様」


 何だか訳が分からずにすがるようにルグリオ様の腕に抱き着きました。


「わぁ、ちょっと、ルーナ」


 ルグリオ様は焦ったようなお声を上げられました。


「だめだ、ルーナ。その姿でそんな風に目尻に涙を浮かべて上目遣いに僕を見つめないでくれっ。その姿のルーナはとっても可愛いなんて言葉じゃ言い表せないほど素敵なんだけど、僕だって男なんだあ」


 ルグリオ様がなんだか困っている様子でしたので、ミカエラ様の方を睨むと、ミカエラ様は目尻に涙を浮かべて笑っていらっしゃいました。


「ああ面白い面白い。本当に君はその子の事が好きで大事にしているんだねえ」


 そう言われるとミカエラ様は再び腕を一振りされました。


「その魔法は是非教えて貰いたいわね」


「姉様っ」


 ルグリオ様が必死になっていらっしゃるのが何だかとても嬉しくて、私も小さく笑いました。


「はいはい。ルグリオの独占欲は大分強いみたいだから、からかうのはこれくらいにして、サラ達二人にばかり負担をかけるわけにはいかないから、そろそろ本当に戻りましょうか」


「また来ます、ミカエラさん」


「ありがとうございました、ミカエラ様」


 静かに手を振られたミカエラ様に見送られながら、私たちは皆の下に戻りました。




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