表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/314

後悔先に立たず

「本当に、何でなくならなくちゃいけなかったのかな」


 クンルン孤児院が建っていた場所を寂しげな、やるせなさそうな瞳で見つめていたメルがぽつりと漏らしたその言葉は、誰も言葉を発せずにいたその場所で静かに心に沁み込んできました。


「本当に済まなかった。あの時の僕には力が足りなかった」


 ルグリオ様はメルの前に膝をついて頭を下げられました。


「そんな、頭を下げたりなさらないでください。ただの独り言で、どうしようもないつぶやきです。私たちは誰も皆、ルグリオ様にはとても感謝しているんです」


 メルは大慌てで両手を振ると、助けを求めるように後ろを振り向いてサラの顔を見上げました。


「メルの言う通りです、ルグリオ様。あの時、ルグリオ様とルーナ様が通り掛かってくださらなければ、今こうして皆で生きて一緒にいることが出来たかどうかも怪しかったのです。ですから、どうかご自分の行動を責めたりなさらないでください」


「ルグリオ、しゃっきりしなさい」


 なおも頭を垂れたままの姿勢を維持されていたルグリオ様の背中をセレン様が優しく叩かれました。


「姉様」


「私たちは誰しも万能ではないわ。あなたにも、私にも、もちろん、お父様にも、お母様にも出来ないことは世界にはたくさんあるわ。例えば、そうね、普通はコーストリナの収穫祭とアースヘルムの芸術祭に同時に出るのは無理があるでしょう」


 セレン様の口調はとても優しく、直接お言葉をいただいてはいない私たちの心にも響いてきます。


「他にも、あなたはもう学院を卒業してしまっているから学院に顔を出すことは出来ても、ルーナたちと一緒に実習に行ったり、対抗戦に出たりすることは出来ないわ。私たちが学院に通っていたころは、転移の魔法も収納の魔法も使うことは出来なかった。馬車の移動は大分苦労したわよね」


 セレン様はルグリオ様のお顔を手のひらで挟まれると、ご自身のお顔を覗き込ませられました。


「だから、出来なかったことを後悔するより、その後悔、反省を別の誰かに伝えていってあげられるようにしなさい。人を導くのも大切な使命よ。王様になるのだから。まさか、まだ私が女王になればいいだなんて寝言は、ここに至って言わないわよね」


「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう、姉様」


 セレン様はほんの一瞬、私の方をちらりと見ると、ルグリオ様の肩にかけられていた手を頭に回されて、頭を撫でられた後、さっとルグリオ様を引き寄せられて、頬に軽く口づけを落とされました。


「そうやって、堂々としていなさい。愛しているわ、ルグリオ」


「僕も愛しているよ、姉様」


 ルグリオ様がセレン様に口づけを返されると、セレン様は楽しそうに微笑まれて、くるりとルグリオ様の身体を回されると、私の方へ向かって押し出されました。


「はい、どーん」


「わっ、ちょっ、とっと」


 蹈鞴を踏まれたルグリオ様を私は正面から抱き留める形になりました。幸い、倒れ込みはしなかったものの、バランスが崩れて、ダンスでも踊っているかのような格好になってしまいました。

 目の前がルグリオ様のお顔で一杯です。目の前のルグリオ様と同じように、ルグリオ様の瞳に映った私の顔も赤くなっているようでした。ようだも何も、顔が熱くなっていたのですぐにわかったのですけれど。


「大丈夫、ルーナ」


「はい。支えてくださってありがとうございます、ルグリオ様」


 ルグリオ様は器用に元の姿勢に戻られると、ゆっくりと私の背中から腕を解かれました。少し名残惜しかったのですが、そのような態度は見せずにルグリオ様のお顔をしっかりと見つめました。


「ルーナ」


「ルグリオ様、そのようにおっしゃるのならば、私にもその責はあります。あの時、先を急がず、あの場に留まっていられれば、取り壊しの現場に立ち会えたかもしれませんし、それを阻止することもできたかもしれません」


 またくもって筋も道理も、ましてや確証なんてない、そもそも今だからこそ考えられたという破綻している話ではありましたが、それは問題ではありません。

 皆まで言うことはできずに、ルグリオ様に言葉を遮られました。


「そうだね。僕が馬鹿だったようだよ。シエスタさんにも悪いことをしたね。勝手に話し込んだりしてしまって」


 シエスタ先輩は静かに首を横に振られました。


「私のことはお気になさらないでください」


 そうは言っても、真夏の太陽の下、長い間遊んでいるのに付き合ってくださったりしていたシエスタ先輩は大分お疲れのご様子でした。


「シエスタ、悪いのだけれど、今のうちに眠っておいて貰えるかしら。夜中、多分子供たちが寝静まってからの方が良いと思っているのだけれど、私とルグリオとルーナは出かけなきゃならないから」


 ちゃっかりご自身も確定している対象に入れられていることには、私もルグリオ様もつっこんだりしませんでした。


「‥‥‥分かりました。ご厚意感謝いたしますとともに、その任、謹んでお受け致します」


 シエスタ先輩は丁寧にお辞儀をされると、セレン様が出されていた例のログハウスの中へ入って行かれました。


「少し離れたところに鏡のように綺麗な水面の湖がありますから、そちらまで少し歩きませんか」


 メルたちはちゃんと覚えているようでしたが、ルノやニコルはあまり覚えてはいないようでした。

 なんとなく沈んでしまっていた雰囲気を吹き飛ばすようなサラの提案に私たち全員、壱も二もなく飛びついて、水上を滑ったり、シートを広げて、作ったお昼を食べたりしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ