のんびりした時
「いかがでしょうか」
浴場に用意されていた白と紺のエプロンドレスに身を包んだシエスタ先輩はとても素敵でした。
わずかに、それでも確実に膨らんでいる胸がほんのりと丸みを与え、病弱と健康のギリギリの線を保っている折れそうなほど細い腰で、後ろに回された紐がきゅっと引き締められています。
頭に乗せられたホワイトブリムは、シエスタ先輩の新雪のような御髪に混ざって目立たなくなってはいましたが、混ざっている刺繍がきらきらと光を反射して輝いていて、とても綺麗でした。
メイドさんの戦闘服ともいえるその服を纏ったシエスタ先輩は、興奮されたご様子のセレン様の要求に応えるように、スカートの裾を華麗に翻して、その場でふわりと一回転されました。
「いいわね」
「似合っているわよ、シエスタ」
セレン様も、ソラハさんも、満足されたらしく、その後も様々なポーズを要求されていました。
「それでは以後のことは私共にお任せください。学院へ戻られる頃には、すでにこちらこそが自分のいるべき場所だと、自分はここへ来るために生まれてきたのだと言わせるまでにしてみせます」
「よろしくお願いいたします。ソラハ‥‥‥さん」
大層意気込んでいらっしゃるご様子のソラハさんは、綺麗な所作で腰を折られました。
「よろしく頼むわね、ソラハ。シエスタ、後で、仕事が終わったら一緒にゆっくりお話でもしましょうね。学院でのルーナたちの様子も聞いてみたいし」
「はい。承知いたしました、セレン様」
ソラハさんがシエスタ先輩を連れてお城の案内へと向かわれたので、私はセレン様と一緒にルグリオ様のお部屋へうかがいました。
扉を叩くと、しばらく間が合った後、どうぞと許可をいただいたのでセレン様に続いてお部屋に入りました。
「ひとまずはおかえり、ルーナ。学院は楽しかったかい」
「はい、ルグリオ様。概ね楽しめました」
エノーフ地区での例の事件がなければ本当に良かったのですが、起きてしまったことは覆すとこはできません。一層の精進を重ね、今後起こらないように心がけることだけです。
「それなら良かったよ。ところで、ルーナ。この夏はどこか行きたいところとか、したいこととか、何かあるかな? 5年生になっても出来ないことはないけれど、むしろ、ルーナのためなら何だってやってみせるけど、やっぱり、直近に迫る戴冠式の準備に追われてしまうだろうからね」
私が学院を卒業するのは15歳の冬の中ほどで、春を迎えると結婚式や戴冠式でとても忙しくなることが予想されます。まだ1年以上は猶予があるとはいえ、逆に言えば1年しか猶予がありません。
「‥‥‥私は、ルグリオ様と、セレン様と、皆と一緒にいられればそれで十分幸せです。ルグリオ様が私に構っていただけるのなら、それ以上の望みはありません」
私が告げると、ルグリオ様は執務をされる机から出てこられて、ソファの上に腰を降ろされました。
「ルーナ。おいで」
優し気な瞳をされたセレン様に背中を押されるように進んだ私は、ルグリオ様の隣に深く腰掛けると、ルグリオ様に肩を抱き寄せられて、そのまましな垂れかかるように体を横に倒しました。いわゆる膝枕をされている格好の私の髪をルグリオ様が優しく撫でてくださいました。それがとても気持ち良くて、ついうとうとしていた私は、いつの間にか眠りに落ちていました。
「‥‥‥-ナ。ルーナ」
耳元で心地のいい声が聞こえて、私はゆっくりとまどろみから目を覚ましました。
「よく眠れたかい、ルーナ」
「ルグリオ様。私」
「そろそろ夕食だって、さっきシエスタさんが呼びに来たから、気持ちよさそうに眠っているところ悪かったけれど、起こさせてもらったよ」
「夕食‥‥‥ですか」
窓の外を見ると、朱色よりも暗くなって星の瞬く空を見ることが出来ました。それから、はっと自分の態勢を思い出して、飛び跳ねるように身体を起こしました。
「どうしたの、ルーナ」
心配そうなお顔をされたルグリオ様が私の顔を覗き込んできていらっしゃいます。
「せっかく、ルグリオ様と一緒にいられたのですから、もっと色々お話したいことも、やりたいこともたくさんあったのにと思いまして」
少し落ち込んで下を向いていると、ルグリオ様が微笑まれているような気がして顔を上げました。
「そんなに気にしなくても、休めるときに休むことは必要だよ。これからいくらでも時間はあるのだし、出来ることは多分いつだって出来るから、そんなにがっかりしないで。たまにはこうしてのんびりとしていてもいいんじゃないかな。それに、僕はルーナの可愛い寝顔が見られてとても幸運だったよ」
「もう、ルグリオ様」
私は顔が熱くなっているのを感じてルグリオ様から顔を逸らしました。いつの間に出ていかれたのか、室内にセレン様のお姿は見つけられず、私とルグリオ様の二人だけでした。
ルグリオ様はソファから降りられると、私に向かって手を差し出してくださいました。
「行こうか」
「はい」
部屋の外に出ると、待っていてくださったらしいシエスタ先輩に先導されて、私たちは手を繋いだまま夕食へ向かいました。