シエスタ先輩とお城
遅くなって申し訳ありません。
昨晩は、というより今朝は何となく気が付いたらすでに夜が明けていまして。こんな時間になってしまいました。
「・・・・・・あの、ルーナ様。・・・・・・本当によろしいのでしょうか」
「きっと大丈夫です、シエスタ先輩」
問題なく試験を終えた私たちはいつも通りに荷物をまとめて、今回はシエスタ先輩のものも一緒に私が収納して、女子寮のホールでルグリオ様とセレン様が迎えに来てくださるのを待っていました。
「いいなあ、シエスタ。お城かあ」
「今度会ったら話を聞かせてね」
先輩方はシエスタ先輩と私たちを囲んで、一緒になって、お城からの馬車を心待ちにしていらっしゃるご様子でした。
「あの、まだ決まったというわけではありませんから」
シエスタ先輩は大層緊張なさっているようで、話しかけられたことに対しては反応していらっしゃいましたが、両手は硬く握られたまま膝の上に乗せられていましたし、いつも積もり立ての雪のように真っ白なお顔は、ほんのりと赤く染まっていらっしゃいました。
「ルーナ、ルグリオ様とセレン様がいらっしゃったよ」
まだ帰省のための馬車に向かっておらず、外の様子を窺っていたアーシャの報告を受けて、シエスタ先輩はぴしりと音を立てて固まってしまわれたようでした。
「参りましょう、シエスタ先輩」
私は立ち上がると、シエスタ先輩に手を差し出しました。
「・・・・・・はい。ルーナ様」
シエスタ先輩の震える手を、包み込むように柔らかく握ると、ぎゅっと硬く握り返されました。
シエスタ先輩のお家にはすでに手紙が出されていると聞いていますし、ルグリオ様、セレン様、ヴァスティン様、それからアルメリア様には先日私が先んじて報告させていただきました。その際には怒られるというようなことはなく、むしろアルメリア様は転移の魔法を使いこなせていることを大層褒めてくださいました。
シエスタ先輩のことも歓迎されるような雰囲気でいらっしゃいましたし、実際、皆さんが思われているほど、王族だからといって一般の家庭とそれほど変わっていることはないはずです。そうアーシャに話をしたところ、そう思っているのはルーナたちだけだよと言われてしまいましたけれど。
アーシャたちと挨拶を済ませて、シエスタ先輩が先輩方から解放されると、トゥルエル様に挨拶をされていたルグリオ様とセレン様の下まで向かいました。
「お待たせして申し訳ありません、ルグリオ様、セレン様」
私が頭を下げると、シエスタ先輩は緊張した面持ちのまま膝をついて、最初にセレン様のお手を、続いてルグリオ様のお手を取られました。
「シエスタ・アンブライスでございます。この度は―—―—―—―」
「ああ、いいのよ。そんな堅苦しい挨拶は」
セレン様はシエスタ先輩の言を途中で遮られると、膝をついたまま固まってしまっていたシエスタ先輩の手を取って立ち上がらせていらっしゃいました。
「セレン・レジュールよ。こんなところでいつまでもせっかくの夏期休暇を消費したくはないから、さっさと行きましょう。紹介なんかはお城に着いてからお父様やお母様のときと一緒にしてくれればいいから」
「こんなところとは言ってくれるじゃないか」
人がごった返し過ぎているためにさすがに扉からはでてこられなかったようで、トゥルエル様が玄関に面した窓口からお顔をのぞかせられました。
「こんにちは、トゥルエル様。お変わりないようですね」
「よくやったわ、ルグリオ。そのままトゥルエル様の相手をしていてちょうだい。さあ、行きましょう、シエスタ、メル」
ルグリオ様と私をその場に残して、セレン様はメルとシエスタ先輩だけを連れてそくさくと馬車へ向かわれました。
「まったく」
「すみません、トゥルエル様。姉様はすこし興奮しているんです」
きっとお城にも人が増えるのが嬉しいのでしょう。セレン様は輝く笑みを浮かべていらっしゃいました。
「いいからいいから。さっさと行ってやんな」
「はい。失礼します」
ルグリオ様に差し出された手を取ると、人だかりが裂けて出来ていた道を通ってセレン様たちが待っていらっしゃる馬車へと向かいました。
その後、男子寮へレシルとカイを迎えに行った後、エクストリア学院から十分に離れ、人目のなくなった辺りでお城まで転移しました。
「シエスタ先輩、着きましたよ」
シエスタ先輩は数度目を瞬かせて、馬車の小窓から外を覗かれて、扉が開いたことに驚かれて、扉から離れて馬車の奥の方へと身を寄せられました。
「お帰りなさいませ」
御者の方、騎士の方、庭師の方、メイドの皆様、その他居並ぶ従者の方に迎えられて、シエスタ先輩は気を失ってしまわれたようでした。
「シエスタ先輩っ」
「お任せください、ルーナ様」
見た目に反してと言っては失礼でしょうが、コーストリナのお城のメイドの皆様は皆様魔法の腕もさることながら、腕力、体力も騎士の方に負けないほどのものをお持ちでいらっしゃいます。
数度呼びかけると、目を覚まされたようで、シエスタ先輩は抱きかかえられたまま顔を真っ赤にされました。
「起きられましたか」
「あ、ありがとうございます」
「今後は分かりませんが、今はまだお客様ですので、遠慮などなさらないでくださいね」
私はシエスタ先輩の手をそっと握りました。
「お手をどうぞ、シエスタ先輩」
「よ、よろしくお願いします。ルーナ様」
そんな私たちの様子をルグリオ様とセレン様は微笑まし気に見守っていらっしゃいました。