シエスタ先輩と進路のこと
もうすぐ夏季休暇前の試験が始まるため、学院全体が緊張した、それでいてその後に控える夏季休暇に胸を膨らませて浮足立っている中で、その日の放課後、夕食前の空き時間に女子寮のホールで、一人でぽつんとソファに座ったまま物憂げな表情で窓の外を見上げていらっしゃるシエスタ先輩をお見かけしました。
「ごきげんいかがですか、シエスタ先輩」
「ルーナ様」
周りには5年生の先輩方の姿は見受けられず、他の学年の寮生も勉強が忙しいのか気付いてもこちらにやってくる様子はありません。
「ご一緒してもよろしいですか」
「どうぞお掛けください」
声の調子はいつもとお変りありませんでしたが、やはりお元気がないように感じられました。
「どうなさったのかお尋ねしてもよろしいでしょうか」
シエスタ先輩は幾度かルビーのような瞳を瞬かせた後、逡巡しているように膝の上に乗せられた握り拳を見つめられていらっしゃいましたが、私が待っていると、やがてぽつりぽつりと話し始めてくださいました。
「最近、5年生が学院にいることが少なくなってきているということはルーナ様もご存じの事と思いますが」
「はい、それはもちろん」
卒業後の進路を決定するため、先輩方でも早い方はすでに各所への売り込み、もしくは面接などに向かわれていらっしゃいます。
「これを言い訳にはしたくないのですが、就職のための活動となりますと数日かけてのことになるので、私は、その、皆のように長距離の移動を、それも日を跨いで連日繰り返すことが出来ないので、中々事が進められないのです」
「シエスタ先輩は実習では何をなさっていたのですか」
「学院の先生方の雑用をさせていただいたり、トゥルエル様のお手伝いをさせていただかせて貰いました」
「冒険者の組合には行かれましたか。私たちは3年生の終わりにそこで実習させていただきましたが、受付や清掃等の雑用ならば雇用枠はありそうでしたけれど。ここからも割と近いですし」
それに組合ならば倒れてしまわれるようなことがあっても、すぐに回復させていただけますし。
「・・・・・・ええ。そう、ですね。そこしかないのなら、そこでいいのかもしれません」
シエスタ先輩は諦めの混ざったような表情で俯きがちに呟かれました。
「つまらない相談を受けてくださってありがとうございました、ルーナ様」
「シエスタ先輩」
失礼しますと立ち上がられたシエスタ先輩の腕を捕まえて私の下に引き寄せると、シエスタ先輩はバランスを崩してしまわれて、再びソファになだれ込むような形になって押し倒してしまいました。
「すみません」
「いえ」
「シエスタ先輩」
私は真っ直ぐシエスタ先輩のルビーのような瞳を覗き込みました。
「何かあるのなら何も遠慮なさらずにおっしゃってください。私にはシエスタ先輩のことはほとんど分かりませんから」
「ルーナ様・・・・・・。実は、お酒や葉巻、煙草もダメなのです。厨房程度のアルコールならば問題ないのですが、その」
たしかに、組合では全員がというわけでもありませんでしたが、時折、葉巻や煙草を嗜まれていらっしゃる方もいらっしゃいましたし、ソフィー先輩の口ぶりかでは、私たちがいないときには日中から頻繁にお酒が飛び交っているようでした。現に依頼の受注に行くときも、昼間からでもそういった光景は目にしていました。
「・・・・・・でしたら、お城にいらっしゃるというのはいかがですか」
シエスタ先輩は何を言われているのか全く分からないというお顔で、目を白黒させていらっしゃいました。
「実は先日赴いた実習先でも、身寄りのない子供を保護してルグリオ様とセレン様にコーストリナのお城に連れて行っていただいたんです」
さすがに身寄りのある子供は両親の下へ送り届けましたが。
サラだけで面倒が見切れるとは思えませんし、カイたちは普段は学院にいるため手伝うことが出来ません。春になればメアリスも入学してくるため、ルノとニコルだけでは大変になるでしょう。他にも出来る予定ですし、人員はいくらいても困ることはないでしょう。
「ですから、今の院長、サラというのですが、サラだけでは手が足りなくと思うのです。つい先日、わけあって少しばかり増えたのですが、おそらく彼女たちはお城の外に現在折衝中の孤児院の方へ行かれることになると思うので、やはりお城の方は人手が足りないと思うのです」
急にこんな話をされてもお困りになるでしょう。現にシエスタ先輩は見るからに困惑している表情を浮かべていらっしゃいます。
「すみません、急にこのような話をしてしまって。ですがお城なら、私はともかく、セレン様はどうかわかりませんが、ルグリオ様やもちろんアルメリア様、ヴァスティン様もいらっしゃいます。孤児院に限らずとも人手はいくらでも必要と思います」
「・・・・・・ルーナ様、その、お話自体はとてもありがたいもので、私などでよければとは思いますが、その」
「そうですよね。いきなり言われてもお困りになりますよね」
何の心構えもなく急にお城などと言われても、全く実感の湧かないことなのかもしれません。メルたちも、今でこそ少しは慣れてきたみたいですが、それでも少しの範疇のようですし。
「一応、心の片隅にでも留めていただければ幸いです。それと、お返事はすぐでなくて構いません。夏期休暇の帰省のときにでも聞かせていただければ。きっと、ルグリオ様も、セレン様も歓迎してくださると思います」
「・・・・・・お心遣い感謝いたします」
シエスタ先輩が深く頭を下げられたので、私も腰を折りました。