この生活も悪くないわね
セラブレイトと名乗った男が帰った後、僕たちは夕食にすることにした。食材や器具は姉様が持って来ていた。
「姉様、どのくらい持ってきているの?」
「さあ。でも、今日とか明日になくなるようなものでもないわよ。なくなったら調達して来ればいいのだし、空気があれば、水にも困らない。本当に魔法って便利ね」
姉様は落ちている石や土を使って、調理台やかまどのようなものを生成した。
「屋外での料理はカレーがいいって、何かの本に書いてあったわ。だから今日はカレーにしましょう」
姉様は、ニンジンや玉ねぎ、米などを取り出した。
「って、お米まで持ってきてたの」
「ん、ルグリオはパンの方がよかったかしら」
それなら、と言って、イーストや小麦粉、バターなども取り出す。
「いや、そうじゃなくて。カレーでいいよ」
「そう。ならさっさとはじめましょう。こっちは一応タネだけ作っておいて、明日の朝ごはんにでもしましょうか。今焼くよりは、いくら収納の魔法があるとはいっても、焼き立ての方がおいしいものね」
姉様は、ポケットからゴムを取り出して、髪をまとめる。さらに、エプロンまで持っていた。
「なんでそんなものまで持っているのさ」
「細かいことは気にしてないで、手を動かしなさい」
そう言われてしまったので、僕は包丁を持ってニンジンやジャガイモなどを切る。
「危ないから、ルーナは座って待っていてもいいのよ」
「いえ、私もお手伝いいたします」
「そう。ならお願いしようかしら。でも、その前に、ルーナも髪をまとめないとね」
姉様は、今度はリボンを取り出すと、ルーナの髪を一つにまとめた。
「じゃあ、ルーナはお米を炊いてくれるかしら。その前にお米をといでね」
「はい」
ルーナは水を出して、米をとぎ始めた。ルーナの手は小さいから、零れないか心配だ。っといけない。僕もよそ見をしている場合ではなかった。いくら、ルーナのうなじが色っぽく見えても。
「うん。なんとなくわかっていたけれど、おいしくはないね」
出来上がったカレーらしきものは、これと言って特筆すべき点もなく、食べられないということはないけれど、素人が作ったらこうなるんだろうなあといった出来具合だった。
「愛情という名のスパイスも掛かっているから大丈夫よ。でも、そうね。これからは、もっと料理の勉強をしておかないと駄目ね」
「抜け出さない、という選択肢は」
「ないわ。それにね、これは別に抜け出すためだけに言っているのではないのよ。できることは多い方がお得じゃない」
確かにその通りだ。クッキーなどを焼いたりしていたことはあったけど、あれはお城の調理場を使ってのことだし、こういう場所では少し勝手も違う。
「まあ、初めてにしては上手くいった方じゃないかな」
「そうね。さて、食器を洗ったら、明日のための作戦会議よ」
「その前に、寝床はどうするのさ」
「もちろん、テントを持ってきているわ」
「……姉様のことだから、ログハウスをそのまま運んできているのかとも思ったけれど」
「さすがに、見つからないように組み立てるスペースがなかったわ」
あったらやっていたんだ。
「そうね。……ついでだから、ここで組み立ててしまいましょう」
姉様がやる気になっていた。余計なことを言ったのかもしれない。
「材料は、この辺りにある土と石、あとは木を切り倒して加工しましょう」
「作り方なんてわかるの、姉様?」
「知らないわ。でも、それっぽい本は持ってきているから、読みながらやりましょう」
行き当たりばったりだなあ。
「心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。それに、一度作ることができれば、それ以降は簡単に魔法で組み上げられるかもしれないし。要はイメージの問題なのよ。リリス女史もおっしゃられていたでしょう」
つまり、ログハウスに対する明確なイメージが出来れば、作ることも可能だということか。確かに、言っていることは間違っていないのかもしれないけれど。
僕たちは、木を切り倒したり、家を建てるスペースの確保をする。そこにある石なども使うのだから必要ないかもしれないけれど、きっちりスペースを区切っておいた方がイメージもしやすい。
「後は組み立てるだけね」
「それが一番問題だと思うけれどね」
「まずは、私たちのイメージのすり合わせをしましょう。3人で足りないところを補い合うのよ」
大きさ、形、扉や窓の数と位置、向き、内装、それらを詳しく相談し合う。辺りも暗くなり始めていたけれど、楽しい話し合いだった。
話し終わり、細かい部品などを加工し終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。魔法で火をつけていなければ、真っ暗闇だっただろう。火を付けていたおかげで、野生の生物、魔物も寄ってこなかったようだ。
「じゃあ、大丈夫ね。しっかり、イメージできているかしら」
「うん」
「大丈夫です」
「疲れるから、一度で終わりにしましょう。また、ばらして、組み立てるのは大変だわ」
僕たちは輪になって手をつないだ。特に意味はないけれど、こうした方が上手くいく気がしたのだ。
「切り倒してしまった木材には、感謝しましょう」
姉様がそう言って目をつぶったので、僕たちもそれに倣った。
「じゃあ、いくわよ」
「つ、疲れた。ルーナ、大丈夫かい」
「……私も、疲れました」
「そうだよね。お疲れさま、ルーナ」
作り終わると、魔力の消耗が激しく、僕たちはログハウスに入る階段に腰を下ろしていた。
「姉様はさすがに元気だなあ」
「すごいです」
姉様も一緒に魔法を使ったのに、まるで疲れた様子も見せずに、ログハウスの内装を確認している。しばらくして、戻ってきた姉様は、座り込んでいる僕たちを見ると、キョトンとした様子で、階段の上から、声を掛けてきた。
「どうして、あなた達はそんなところで座り込んでいるの? どうせなら、中に入ればいいのに」
「ちょっと疲れたから、休憩していたんだ。中に入ろうか、ルーナ」
「はい、ルグリオ様」
僕たちは手をつないで、ログハウスの中に入った。
内装も、イメージした通りだった。
入ってすぐに、それほど広くはないが、リビングがあり、木でできた椅子や机が置かれている。リビングのすぐ横にはキッチンがあり、こちらは火を使うことを考慮して、石造りになっている。キッチンと壁を隔てた後ろ側には、トイレがあり、一番奥にはお風呂が付いている。リビングの反対側には、寝室が作られていて、やはり、土と石でできた台の上に、木材を敷いて、その上に、姉様が出したのであろう布団まで乗っている。さすがに一人分しかないようだけれど。
「3人で一緒に寝れば大丈夫よね」
「いやいや、姉様。何を言っているのさ」
姉様とルーナと一緒にベッドに入るのは、何というか、まだ早いような気がした。
「僕は、床に一人で寝るからさ。そのベッドは姉様とルーナで使ってよ」
僕がそう言うと、姉様はわざとらしくため息をついた。
「我が弟ながら情けないわね。いいこと、ルグリオ。あなたは私たちと一緒にこのベッドを使って寝るのよ。大丈夫よ、獲って食べたりはしないから」
「どちらかというと、その心配をするのは僕の方なんじゃないかな」
「ルーナも、ルグリオと一緒に寝ても構わないわよね?」
姉様は、僕の意見を聞くつもりはないようだった。
「もちろんです」
もちろん、そういう意味で言ったのではないと分かっているけれど、僕は何となく赤くなった。
「何を想像しているのよ」
「……別に何も」
「ルグリオ。一つだけ言っておくわ」
姉様は、いつになく真剣な声で言った。
「何かな、姉様」
「最低でも、後5年くらいはルーナに手を出すのは控えなさい。大丈夫、その間は私も責任を持って、義妹の貞操は守り抜いてあげる」
「その話、今必要だったかな! そして自分で言ったことを思い出して!」
僕は、思わず声を張り上げた。
なんで、姉様にそんな心配をされなくてはならないんだ。
ルーナなんて、消え入りそうに俯いている。わずかに見える耳も、真っ赤だった。何か前にも似たようなことがあった気がする。気のせいかな。
「まあ、まだ寝るには早いし、お風呂にでも入ってこようかしら。行きましょう、ルーナ」
言った本人は気にした様子もなく、俯いて固まっているルーナを連れて、お風呂に入っていってしまった。そのため、僕は一人取り残された。
なお、狭いのではないかという僕の意見は、当然のごとくスルーされた。
「ルグリオ、一緒に入りたいかしら」
姉様が扉から顔を出して、そんなことを尋ねてきた。服はすでに脱いでいるようだった。何も着ていない綺麗な肩が見えている。
「それは、もちろん……じゃない、危ない、引っかかるところだった」
「ふふふっ。べつに入って来てもいいのよ。据え膳食わぬはなんとやらって言うらしいじゃない」
「しないよ。紳士としてはね」
「あら、残念」
残念なんだ。まったく、姉様は何を考えているんだか。もちろん、僕をからかっているんだということはわかっているけれどね。そして、目のやり場に困るので、少しは恥じらいというか、そういうものを持ってください。まったく見えないわけじゃないんだからね。
ルーナとセレンは、お風呂で色々話したり、キャッキャウフフ(セレン視点)があったりすると思います。