尋問?
突き当りの階段を上がり、踊り場に出ると、先頭を歩かれていたセレン様の消えていたはずの足音が聞こえました。
「どうしたの」
「いえ、何か物音が聞こえた気がして」
曲がり角の向こう側から女性の会話をする声が聞こえてきました。
セレン様は身を屈められて、ほとんど頭を床に這わせられるような姿勢で様子を窺っていらっしゃいます。
「気のせいでしょう。そんなことより、そろそろモルタン様のお言いつけ通り、お食事を運ばないと」
「そうですね。それにしても、急にお部屋でお食事を取られたいなんて、どうされたのでしょうか」
「イーリン。それは私たちメイドの考えることではないわ」
「そうですね。失礼しました、リュイ様」
女性の足音が遠ざかり、私たちはほっと溜息を漏らしました。
「どうやらこの館の主人はモルタンという人物らしいわね」
セレン様のお言葉をルグリオ様が捕捉されます。
「それに、子供を捕らえて売り捌いていることを知っているのは一部の兵だけみたいだね」
「手っ取り早くいきましょう」
私たちが差し出されたセレン様の腕をつかむと、視界が一瞬で切り替わり、目の前には驚きのあまりか、声も出せずに口をパクパクとさせているメイドさんがいらっしゃいました。
「そろそろこんばんわかしら、イーリンさん」
セレン様はイーリンさんが衝撃から回復して声を上げる前に片手で口を塞がれると、音もなく壁に押し付けて、喉元に手刀を突き付けられました。
「余裕もないから手短に聞かせて貰うけど、大きな音を立てたり、誰かに知らせようとはしないでね」
ルグリオ様が遮音するための結界を張られていますが、もしかしたらこちらの知らない通信手段があるかもしれません。
イーリンさんは必至な様子で首を縦に振られました。
「いい子ね。まず、この館の主人だけれど、モルタンという男であっているわね」
セレン様が私たちの見たどじょうひげの男の情報を伝えると、イーリンさんは再び頷かれました。続けてセレン様は、そのモルタンという男の情報を聞き出されましたが、商人であり、この辺り一帯の地主をしているのだということ以外の、主人が何をしているのかなどの情報は聞き出すことが出来ませんでした。
「本当に知らないのね。隠していると、国家反逆罪になるわよ」
実際にはそのようなことはありませんが、そのようなことが分かるはずもなく、イーリンさんはその場に伏して頭を床につけられました。
「何も隠し事はありません。私が知っていることはそれで全てでございます。他のメイドたちも同様だと思われます」
他に、この屋敷の間取り、働いている人数などを聞き出されました。
「そう。ありがとう。もう行っていいわ」
セレン様はそうおっしゃられて私たちの方へ向き直られたのですが、後ろから声が掛けられました。
「後ろから声をお掛けするご無礼をお許しください」
「何かしら」
セレン様が首だけひねって後ろを振り向かれます。
「セレン様、それにルグリオ様、ルーナ様、それからお連れの方がお見えになっているとは聞かされていないのですが。未熟なこの身で申し訳ないのですが、よろしければご案内させてはいただけないでしょうか」
「ここには巡回で人がくることがあるのかしら」
逡巡ののち答えられたセレン様に、間をおかずイーリンさんは返答されました。
「はい。ですが、今私が参りましたので、しばらくは誰も来ないと思われます」
「あなたの権限だけでこの屋敷のメイド全員を集めることは可能かしら」
「可能ですが、どうされるおつもりですか」
セレン様は中空に手を差し伸べられると、金色の印鑑を取り出されました。
「こ、これは」
「それを見せれば、すぐに全員集められるはずよ。絶対に主人に知られないように可能な限り早く集めなさい」
「拝命いたしました」
セレン様が手を振られると、イーリンさんは脱兎のごとく駈け出されました。
「ね、姉様」
ルグリオ様が恐る恐るといった様子でセレン様の方へ首を向けられます。
「い、今のは、もしかして」
「大丈夫よ。ちょろっとうちから借りてきただけだから。それに取り戻そうと思えばいつでもできるわよ」
「か、母様には」
「もちろん黙っているのよ」
アルメリア様の事ですから、黙っていても絶対に露見してしまうとは思うのですが。あの方がセレン様の行いを知らないはずはありませんから。
「ルーナ。君たちは何も見なかったことにして。見たのは僕だけでいいから」
ルグリオ様に懇願され、私とメルは別に共犯者になる程度ならば構わないとも思っていましたが、分かりましたと頷きました。
戻ってこられたイーリンさんから印鑑を受け取られたセレン様は、それを仕舞われると、眼下に膝をついているイーリンさん達を見下ろして告げました。
「これで全員かしら」
「はい。全員でございます、セレン様」
「いいでしょう。これよりあなた達には使命を与えます」
一呼吸の間ののち、セレン様は威厳に満ちた口調で告げられました。
「現在、国の始動で孤児院等が建設されていることは知っているわね。あなた達にはそこで学院に上がる前の子供たちの相手と、教育および警護、要するに保護者としての役割を担ってもらうわ」
誰も口を挟む方はいらっしゃいません。
「これからすぐに全員お城に行ってもらうわ。そこで指示を受けなさい。移動に関しては心配いらないわ。私が連れて行くから」
「姉様、どさくさに紛れて母様に怒られるのを回避するつもりでしょう」
ルグリオ様のつぶやきは無視されました。
「すぐに戻るけど、あなた達は先へ進んでいなさい」
そう言い残されて、セレン様は転移されました。
「じゃあ、進もうか」
ルグリオ様を先頭に、人気のなくなった廊下をイーリンさんに教えられたとおりに進み、最初に出たのとは違う、地下通路と思われるところへの入り口に辿り着きました。
「ここまで誰にも会わなかったし、どうやら本当にモルタンという男以外は全員集められていたと思っていいのかな」
ルグリオ様は私とメルの手を握られました。
次に目の前に現れたのは、全裸に剥かれたうえに両手を頭上に拘束された虚ろな目をしたアーシャとシズクが、喜悦するような笑みを浮かべたどじょう髭の男に今まさに手をかけられる寸前の光景でした。