救出に向かうために
「どうしよう、シズクたちを助けに行かなくちゃ」
「落ち着いてください、メル。焦ってはだめです」
今にも飛び出さんとしているメルの腕を掴み、音を立てないように口に手を当てて塞ぎます。しばらくそうしてその場にメルを引き留めていたのですが、もう大丈夫だというように腕を叩かれたので、ようやく口を塞いでいた手を放しました。
「落ち着きましたか。気持ちはよくわかりますが今飛び出していくのは得策とは言えません」
メルが頷くのを確認してからもう一度建物を確認します。
大分年季の入っていそうな建物で、それ自体はあまり大きくはありません。周囲は白い壁に覆われていて、今の光景を見ていなければせいぜい見張りがいるということぐらいしか他の建物との違いは見られません。
「だったらどうするの」
メルは心配そうな顔を建物に向けています。彼らは一緒にと言っていたので、アーシャたちの他にも何人か同じように捕まっていることでしょう。
「ひとまず組合に戻って報告しましょう。私たちだけで向かうのは危険が大きすぎます」
「ところがそうはいかないんだなあ」
声のした方を振り向くと、見張りについていたのとは別の頭を刈り上げている、ひょろっと背の高い、胴体だけの甲冑のようなものを身に着けた男性が私たちのいる路地裏の壁に手をつき、私たちを見下ろしていました。
「これはどうも初めまして」
「そうだな。そして初めましてのところ悪いが、俺に付き合って貰おうか。お友達が悪戯されるのを放り出してはいけないだろう」
「あなたたち、ア」
アーシャたちの名前を出しそうになったメルの口を押えると、少し黙っているように目で合図を送ります。
「そうですね。たしかに放っては置けません。ですが、ここで私たちが捕まってしまったら余計に助けられなくなるのでは」
「そうかもしれないが、何か手だてはあるのかい、お姫様」
こちらは向こうのことを知らずとも、当然のことながら向こうは私のことを知っています。ここで彼を放り出して戻ることは出来ません。他の方に私たちが関係者だと知られることはただでさえ悪い状況状況をますます不利なものにしてしまうからです。
「ここであなたを捕まえて、そのまま組合に連れて行きます」
「それは面白い。だが、俺が仲間を呼ばないとも限らないんだぜ」
言うが早いか、彼は後方へ向かって大声を出しました。
「おーい。ここにいる奴らに見つかってるぞ」
「無駄です。遮音障壁と対物対魔法障壁を展開していますのであなたの声は聞こえませんし、光も漏れることはありません。そしてもちろんここへ入って来ることも出来ません。とはいえ、無限に作り出していることも出来ないので、早急に捕らえさせていただきます」
「随分な自信だが、世の中そう上手く自分の思った通りにことが運ぶとは限らないんだぜ」
鋭い踏み込みと共に躊躇いなく私たちに殴りかかってきたその男の拳は、内側に張っていた障壁にぶつかり止まりはしたものの、私の障壁を相殺しました。当然ですが、明らかに今まで会ったことのあるどの学生よりも強烈な一撃で、もう少し頭の回る相手だったならば厄介だったかもしれません。
「ほう、どうやら口だけではないようだな、お姫様。だが、後ろにお仲間を庇った状態で」
「何を言っているのですか」
その方は私の後ろにメルがいないことに気がついたようですが、すでに遅すぎました。戦いが始まってすぐに私の前方、目の前の男性のすぐ後ろに転移させたメルはすでに準備を終えていて、私に気を取られ過ぎていた男が防御に回る暇も与えずに一撃で意識を刈り取りました。
「メルも大分上手くなりましたね」
「あー、何かルーナが偉そう。当然だよ、私だって伊達に3年以上も学院に通っているわけじゃないんだから」
もちろん、一緒に実習へと出向いているのですからメルの実力はよく知っています。
「しかし、これは困りましたね」
「うん」
この男を倒してしまった、そのことは悪いことではないでしょう。私達まで捕まってしまうという状況までは避けることが出来たのですから。しかし、逆にこの男を捕らえてしまったことで、見張りに出た者が戻らないという、彼らの警戒を増す要因を作り出してしまったことも事実。先程はあのように言いましたが、彼らの規模がわからない以上、下手に組合に戻って報告しようものなら、もしそこに彼らの仲間がいた場合、余計に大変なことになってしまうでしょう。
一番良いのは学院に戻ることですが、その場合、経緯を全て話さなければ納得していただけないでしょうし、捕らえられている子供たちがどれほどいるのかもわからない状況で、無駄に魔力を消費することは避けなければならないため、転移の魔法で大人数を連れて来るということは出来ません。だからといって馬車で堂々と乗り込むなどの方法はおそらく取られないでしょうし、それでは時間が掛かり過ぎます。露見してしまえば、捕らえられているアーシャ達や、おそらくいると思われる他の子供たちに危険が及ぶ可能性がその分高くなります。。
「仕方ありません」
ご迷惑とは思われないでしょうが、やはり気が引けるものがあります。
「メル、しっかり捕まっていてください」
一瞬ののちには私たちは倒してしまった男と一緒に、お城のルグリオ様のお部屋の前に転移していました。
しかし、扉を叩いても返事はありません。
「お食事か、お稽古に出られていらっしゃるのでしょうか」
私は居てくださることを祈って、セレン様のお部屋の扉を叩きました。
「開いているわよ」
中から聞こえてきた声に安堵して、失礼しますと扉を潜り抜けました。