エノーフ探索
組合へ報酬を受け取りに行った際に伺ったバージェス組合長様のお話では、彼ら、海賊の尋問を行ったところ、連れてきたのは本当にあの一匹だけだったようで、一応依頼は達成したということにはなったのですが、アーシャ達の提案もあり、しばらくの間経過観察という名目でそのままエノーフ地区に滞在することになりました。
もっとも、私たちが心配する必要もなかったようで、数日の後には市場にも海産物が出回るようになりました。
「よーし、それじゃあバージェス組合長様の許可も貰っていることだし」
「この辺りの探索ですね」
私がそう提案すると、アーシャとメルはあからさまにがっかりした表情を浮かべました。
「メル。よもや、ご自分でおっしゃっていたことを忘れたわけではないですよね」
「そ、そんなわけないじゃない。もちろん、そのつもりだったよ、私は、うん」
「あ、メル、裏切ったわね」
躊躇いなく言ってのけるアーシャにむしろ感心しつつ、私は小さくため息を一つつくと、異論の声を上げなかったシズクにアーシャのことを頼みました。
「シズク、アーシャのことを頼みましたよ」
「任せて」
恨みがましそうな視線を向けるアーシャを横目に、シズクはいつもと変わらない平坦な口調で短く言い切りました。
「シズク」
「だって、浜辺で遊んでいてアーシャたちに引っ張られるよりも、探索という名目で街中をぶらぶらと散歩している方がのんびりできそうな気がするし」
「じゃあシズクはずっと浜で寝てていいから」
「乗った」
「乗らないでください」
若干の不安は感じましたが、二人ともなんだかんだと言いつつもやることはきちんとやってくれるはずなので、私たちはさっそく二手に分かれて行動を開始しました。
「私も賛成しているので責任の所在がなどと言うつもりはありませんが、元々メルが自分で言い出したことですからね」
「だからゴメンってば」
対抗戦でセティア先輩が使用されていた魔法を少しアレンジした魔法により、私たちの前には導くように青い蝶々がひらひらと舞っています。あの時はおそらく最短の通りを探索するため3羽の小鳥が飛んでいたのだと思うのですが、今回はもう少し緩い条件でしたので出現した青い蝶々も迷うことなく進んでいます。
「やっぱりこれが進むってことは」
「ええ。おそらくその通りかと思います」
条件として設定したのは、基本的に人が入り込まないようなところにいる幼い子供ということで、いなければ、それが一番良いのですが、このように進んでいくことはなく、その場から動かないはずなのです。
いくつか十字路を抜け、石畳の橋の下を潜り抜け、曲がり角から顔を出したところで、私は蝶々を消して、元いた道に身を隠しました。
「見つかったの」
「ええ。どうやらそのようです」
メルと一緒に恐る恐る、気付かれないようにそっと通りに顔を出すと、見張りのよう二人の男性が立っている壁の間の隙間の向こうに、見るからにぼろぼろの布を纏った男の子と、その子に手を引かれた女の子が消えていくところでした。
「メル、分かっているとは思いますけど、飛び出していかないでくださいね」
「分かってるよ」
少なくとも向こうには大人の男性が見えるだけでも二人はいるのです。壁の内側にもいることを考えるとどう考えても勝算はありません。
「とりあえず、アーシャたちと合流しましょう。この場所はもう覚えましたし」
「おいっ、そこで何をしている」
あまりにもあんまりなタイミングで怒鳴り声が聞こえたので、思わず飛び出してしまいそうになりましたが、寸でのところで留まると、息を殺して、いつでも転移できる準備をしてメルの手を握りながらじっとしていました。反対の手ではお互いの口を押えています。
「何をも何も、子供が連れていかれているところを見たら、黙って見過ごせるはずがないでしょう」
聞こえてきた声に驚いて危うく飛び出すところでしたが、今、感情で動いてはいけないと必死に言い聞かせて、メルと顔を見合わせて頷きあうと、自身に影を纏わせて気配を絶ってから、それでも油断せず慎重に壁の向こうへ顔を出します。
「なんだと、このガキ」
「見られたからには仕方ねえ。危ない橋は出来るだけ避けたいが、そうも言ってられないようだしな」
アーシャとシズクは背中合わせに立って、体格のいい二人の男性に挟まれるような形になっていました。
「シズク、やるよ」
「何の騒ぎだ」
アーシャとシズクが臨戦態勢を整えて、私たちも加勢するために飛び出そうとしたところで、壁の向こう側から、アーシャやシズクたちよりも頭一つ分以上も大きい、装飾過多の小太りの男が、ナマズのようなひげを、しきりにしごきながら姿を現しました。
「あなたは」
その男に一瞬目を奪われた瞬間、アーシャは背後から放たれた、殺すほどの威力はない、電撃に貫かれ、その場に崩れ落ちました。
「アーシャ」
そのアーシャに気を取られている隙に距離をつめられてしまったシズクは後頭部を殴られ、気絶してしまったかのようにその場に倒れました。
「こいつらも一緒に放り込んでおけ。いつもの奴らよりも綺麗だから高く稼げるだろう。それから後始末を忘れるなよ」
小太りの男はアーシャとシズクの顎をくいっと持ち上げた後、満足したように頷くと、その場を部下に任せて、取り巻きらしい男たちを連れて再び壁の向こうへと消えていきました。