戦闘なんてしなくても
当然ですが、このような衆人環視の下で着替える訳にもいかず、上着を羽織っただけの私たちではありましたが、戦いの中で私たちが上着を翻すたびに戦闘から注意が逸れる海賊に対して、優位に戦闘を進めることが出来ました。
「お前ら、しっかりしねえか」
「無理です、親分」
「つい、こう、視線が誘導されてしまって」
言った傍から、高く振り上げられたアーシャの脚に見とれていたらしい一人が、踵落としの直撃を受けて幸せそうな表情を浮かべながら崩れ落ちました。
まるでわざとやっているかのように、飛び跳ね、ときに上着を着崩し、そして特上の笑顔でウィンクを振りまくアーシャに対して、攻撃を加えられるような猛者はいませんでした。
「アーシャ、その、気にならないんですか」
「ルーナはルグリオ様以外の男性に肌を見せることに抵抗があるのね」
私がどう答えたらいいのか迷っていると、アーシャはそれは綺麗な最高の笑顔で言い切りました。
「他の男なんてカボチャかジャガイモが動いてるみたいに思っておけばいいの」
それに、とアーシャはさらに言葉を続けます。浮かべられた笑顔はとても素敵でしたが、私は何か嫌な予感を感じました。
「ルーナにその気があるのなら、こんな風に戦闘をしなくてももっと手っ取り早く済ませる方法もあるよ」
「えっ」
耳打ちされた言葉に、思わず声を上げてしまい、その場にいた全員が動きを止めて私たちの方を振り向きました。
「アーシャ、本気でそう思っているのですか」
「うん。さっきの反応で確信したけど、絶対に上手くいくから」
「そうでしょうか」
周りを見回すと、やっぱり王女様は受けだよな、とか、俺はやっぱり踏みつけてもらいたい、といったよくわからない内容を話しているのが、本人たちは聞こえていないだろうと思っているようでしたが、聞こえてきました。
「確かに、平和的に、怪我人を出さずに済むのならそれが一番ではありますけれど」
私はアーシャに言われたように、上着をマントのように手で払って翻し、袖から腕を抜いて肩にかけると、手のひらにひじをのせて、顎に指をかけて顎を逸らし、半眼気味に海賊の皆さんを見つめました。
「な、なんだ、何か魔法でも使おうとしているのか、おい、お前ら、見てないで戦うんだよ、糞っ」
飛び込んできた海賊の親分が振り下ろした刀はアーシャが障壁を使って弾き飛ばし、砂につき刺さりました。
「あなたたち、そこに跪きなさい」
これもアーシャに耳打ちされた内容をそのまま伝えると、他の海賊の皆さんは一斉に武器を降ろして、砂浜に立膝をつきました。
「ルーナ、こっちの方が良いかも」
アーシャに連れられて、昇ってくる朝日を背負う位置に移動すると、それに合わせて膝をついている皆さんも向きを変えられました。視界内の海賊全員と何故か組合長様まで一緒になって頭を垂れていらっしゃいます。
「よろしい。では、面を上げることを許可する」
隣でアーシャとメルとシズクがあれやこれやと次の内容を話し合っている間も、彼らは私たちを見上げたままじっと動きませんでした。
「これからルーナ様のありがたいお言葉があります。心して聞きなさい」
「はっ」
アーシャの言葉を聞くと、唯一こちらに納得のいかないような顔を向けていた親分も、周りのお仲間方を見回され、私がすこし目を細めて顎を上げると、ぴくりと肩を震わせて、深く頭を下げられました。
ありがたいお言葉などといきなり言われても、正直困ってしまうのですが、ここで何も告げないわけにもいかず、小さく息を吐き出した後、アーシャたちに耳打ちされた内容をそのまま口にしました。
「そなた、名は」
「ルーナ様が名前を名乗ることをお許しになりました」
次は私、とでも言うように、メルがどうとっても厳かではない、むしろ喜々とした声で告げたのですが、その場の空気に呑まれたのか、ややあってから絞り出すような口調で親分と呼ばれていた男性が口を開きました。
「フリッグです。フリッグ・ノーランと申します」
「よろしい。ではフリッグよ、何ですか、アーシャ。はい、わかりました。改めて、フリッグよ、そなたたちはあのイカをここまで連れてきたのだと申したな」
「はっ。その通りでございます」
「それにより、このエノーフ地区の人々が受けた被害は大変なものである。死者こそ出てはいないものの、破壊された船、不漁による経済被害は計り知れない」
「まことおっしゃる通りです」
「ではこれよりそなたたちに勅命を下す。この地区の復興に尽力せよ。それだけの人手、物資、財があれば容易くこなせるであろう」
「はっ。すぐに取り掛からせていただきます」
「よろしい。では、これよりそなたたちはここにいるバージェス組合長の指揮下に入ることとなる。何か不満はあるか」
「う、あ、いえ、ございません」
「その言葉、違えるでないぞ。では、後のことはよろしくお願いしますね」
ギルド長がやる気に満ちた目をしている元海賊の皆さんにおどおどしながらも役割を与えるのを見届けた私たちは、朝食を出してくださるというお申し出を断って馬車へと戻りました。
「お帰りなさいませ、皆様。朝食の準備は整っています。」
馬車ではミーネさんが朝食を準備していてくださいました。馬車で着替えを済ませた私たちは眠たい目を擦りながら朝食を済ませ、報酬を受け取りに行く前にしばらく眠りにつきました。