海賊たち
討伐したイカと思われる生物はあまりにも大きすぎたため、組合へと持ち込むことは出来ませんでした。収納してしまえば持ち込むことは出来たかもしれませんが、取り出したときに建物を破壊してしまうだろうと思えたからです。
真夜中過ぎにも関わらず、要請にこたえて浜まで出て来てくださった組合長様に感謝を告げると、逆に私たちが感謝されました。
「感謝を告げるのは私共の方です。こやつは夜中にしか姿を、それに見せると言っても一部のみで、全容はおろか、特徴さえほとんど分かっていなかったのです。何かがいるというだけで、実態はほとんど何も。しかし、こんなにあっさりと学生に討伐されてしまっては我々の、この街の冒険者の立つ瀬がありませんな」
「おい」
組合長様はそのように笑っておられたのですが、私たちはどのように反応してよいのか困ってしまい、互いに顔を見合わせていると、背後から声が掛けられました。
「何か御用でしょうか」
振り向いた私たちの目の前には、磯の香りを漂わせた10人ほどの男性の方々がいらっしゃいました。辺りは暗く、光源となるものは月の明かりだけでしたが、白い砂浜に光が反射していることも相まって、そのお顔を拝見することが出来ました。それぞれの手にはすでに抜き放たれた剣が握られていて、こちらに対する敵意は明確なものと思われました。
「お前達は何てことをしてくれたんだ」
リーダーらしき一番先頭にいた体格のいい好青年風の男性が、大げさな仕草で額に手を当てています。
「依頼が出ていたため、それをこなしただけです。困っているからこそ依頼が出ていたのでしょうし、依頼を受けることにこれといった制限はなかったことと記憶していますが」
メルとアーシャとシズクは隣で首を振って頷きながらも、すでに臨戦態勢に入っていて、油断なく、下卑た笑みを浮かべている背後の部下と思われる方達のことを睨みつけています。
「困るんだよなあ、勝手に討伐されては。あれは、俺達がわざわざこの辺りの海域まで引っ張ってきた獲物だったのに。これじゃあ、ここでお前たちの口を封じてまた新しい奴を連れてこなくちゃならないじゃないか。見つけるのも大変なんだぜ」
「なっ、連れてきただと」
組合長さんが驚愕している声を上げます。
「そうさ。こっちの部下も何人かやられたが、おかげでこの辺りで舟を襲っても全部あの魔物のせいってことになって俺達は仕事がやりたい放題だったからな。まあ、幸いなことに今はまだこいつが討伐されたって事実はお前たち5人だけしか知らない。だから、次のやつを連れて来るまで情報を漏らしちまいそうな奴は全員叩ききる」
「親分、あの男はともかく、目の前の奴らは全員上玉ですぜ。連れて行けば高値で売れるんじゃないですかい」
「おい、でもみろよ。あれはこの国の次期王妃だぞ。連れて行ったら俺達が捕まる危険が高まるんじゃないか」
「うるせえ。捕まるのが怖くて海賊がやってられるか」
「そうだそうだ。酒と金と美女は持って帰らなきゃ海賊とは呼べねえ」
勝手な理屈を並べながらやいのやいのと言い争う海賊たちは、正直隙だらけでしたが、数だけは多いため、一度に仕留められなければこちらが不利になることは明白でしたので、時間を稼ぐためにもそのまま続けさせておきました。
「ねえ、ルーナ。今、物凄く隙だらけだと思うんだけど」
「アーシャ、声が大きいです」
注意しようと思いましたが、アーシャの声が大きかったのはわざとだったようです。アーシャの目は爛爛と輝いていて、ぴたりと話をやめてこちらを睨みつけてきた海賊たちを眺めています。
こうなってしまったのでは仕方がありません。私は楽し気な表情をしているアーシャをじろりと睨んで、気付かれないように小さくため息をつくと、親分と呼ばれていた男性にあらためて勧告します。
「こちらとしても無駄な争いは避けたいので、そのまま武器を置いて投降してくださると助かるのですが」
海賊たちは顔を見合わせると、一瞬の後には大爆笑が起こり、中には苦し気な声を上げている方もいらっしゃいます。
「なかなか面白い冗談だったぜ、お嬢さんたち。じゃあこっちからも言わせてもらうが、痛い目を見ないうちに大人しく捕まりな。なるべく傷がついていない方が商品価値が高いんだ。それに」
親分の姿が掻き消えたかと思うと、背後から砂浜の砂を滑るような音が聞こえて来て、私たちが振り向く間もなく振り下ろされた長剣は、魔法をしようとしていた組合長さんの魔法の発動よりもはやく、こちらの間合いに入り込み、私たちに届くことなく障壁によって弾かれました。
「なっ」
目の前の盗賊たちと、背後の親分から同じような驚愕の声が聞こえてきました。
「近距離では魔法の発動の方が純粋な肉体技術よりも劣ると、そうおっしゃりたいのですね。なるほど、たしかにただでさえ防御に回るという後手を取っているうえ、人数もこちらが少ない。さらには距離も近いと不利な条件ばかりのように思えることでしょう」
あちらには感じ取ることが出来なかったのかもしれませんが、対峙した瞬間から、私たちは全員、防御のための魔法を展開し終えています。何の策もなく、無防備なまま大人数の大人を相手にするほど命知らずではありません。
「では、交渉決裂ということでよろしいのですね。こちらの勧告に従わなかったのはそちらですし、本当なら着替えるまで待っていて欲しいところでしたけど」
「じゃあ、それまで待っているので、今ここで着替えてくれませんか」
そうおっしゃられた海賊の仲間の男性をアーシャたちがゴミでも見るような瞳で見つめています。その方は身悶えしているようで、両肩を抱きながら身体を振るわせて、その場で土下座、なぜかありがとうございますとお礼まで言われました。
「ねえ、ルーナ。私、今すごくお風呂に入りたくなってきたんだけど」
「私も」
アーシャとメルの意見には私も賛成です。
「シズク、寝ているわけではありませんよね」
「らいりょうふわーあ」
欠伸を噛み殺しながら、実際は噛み殺しきれていませんでしたが、眠そうに目を擦りながらもしっかりと視線は彼らを捕らえています。
「シズクも眠そうですし、私も眠いです。なので、すぐに捕らえさせていただきます」