なんでもないただの一日
朝、太陽が顔を見せるのから少しばかり遅れて起きた私はベッドから降りると大きく伸びをします。部屋のカーテンを開けると眩しい日の光が部屋の中を明るく照らし、アーシャの顔に当たってしまいそうになって再びカーテンを閉めます。
「今日は珍しく晴れのようですね」
ここのところ雨季に入っていたコーストリナでは雨の日が続いていたのですが、今日は雲の切れ間が上手くはまったのか、久しぶりに清々しい気持ちで、眩しい朝日を拝むことが出来ました。
ぐっすりと眠っているアーシャを私の都合で起こしてしまうのも忍びなく、白とピンクのワンピースに着替えた私は、朝食とお弁当の準備をしてくださっているトゥルエル様とお手伝いの皆さんに挨拶をしてから外へ向かい、女子寮近くの木々の回廊から少し失礼して道を外れると、収納してあったヴァイオリンを取り出します。
朝早くから、まだ眠っている寮生の皆さんや他の方の迷惑にならないように遮音障壁を展開すると、目を瞑り、お母様の音色を思い浮かべながら弓と指を動かします。
「やはりまだまだ足りませんね」
4年生になってから、正確には3年生の終わり、お兄様とミリエス様の結婚式が終わってから再び練習を始めたのですが、やはり学院に入ってからの空白期間を埋めることは容易ではなく、学院に来る前の感覚を取り戻すのにはもうしばらく時間がかかりそうです。
「そろそろアーシャも起きてくる頃ですね」
さすがに2年生から続けているため、アーシャもこのくらいには起きられるようになっています。
予想通り起き始めていたアーシャと、おはようございますと挨拶を交わして、運動着に着替えると、小鳥たちのさえずりに耳を傾けながら、風を切って走り出します。
「今日は晴れてるみたいで良かったね」
「ええ、本当に」
雨が降っているときは部屋の中で遮音障壁を展開して練習しているのですが、やはり外で自然の中で練習する方が気持ちがいいですし、走るときも、常に防水の魔法を発動し続ける練習にはなるのですが、やはり朝日を浴びながらの方が気持ちが良いです。
「おはようございます」
走り終え、汗を流してさっぱりしてから、アーシャと一緒に制服に着替えて朝食へ向かいます。やはり今日も一番乗りは私たちだったようで、誰もいない食堂に私とアーシャの声が揃って響き渡ります。
「おはよう。朝食とお弁当、もうできているわよ」
寮母のトゥルエル様と、今日お手伝いに来てくださっているシフォン・エレクベージュ様に挨拶を済ませると、朝食を受け取って席に着きます。
「いただきます」
今日の授業の事やとりとめのない雑談をかわしつつ朝食を終えると、空になった食器を戻して、ごちそうさまとお礼を告げつつ、代わりにお弁当を受けとって学院へ向かいます。
「今日、ルーナは何の授業があるの」
「私は魔法実技演習と呪占学です」
選択科目はその名の通り、日によって自由に選ぶことができるのですが、今日私が選択していたのはその二つでした。
「ふーん。私は魔法実技演習と魔法陣錬成だから、お昼までは一緒に出られるね」
「そうですね」
そうこう話しているうちに教室に着いた私たちは、HRまでの間、雑談をしながら寮の図書室からお借りしてきたお料理の本を読み進めました。
実技演習では実戦を想定した林間走を行い、アーシャやメルたちと一緒に昼食と休憩をとって、呪占学へと向かいました。
このエクストリア学院ではあまり人気があるとは言えない呪占学ではありますが、私個人としては履修しないわけにはいきません。もちろん、変身術も履修しています。
別に誰かを呪うことが目的なのではもちろんなく、今後同じような目に合わないために、そして合ってしまったときに正しく対処できるように学んでおかなくてはならないからです。
授業を終えて教室へ戻ろうとしたところで、偶々同時に終わっていたらしいアーシャたちと合流しました。
「先程の呪占学で出たのですが、明日はまた雨らしいですよ」
「うわぁ、じゃあ明日の朝はまた大変だね」
アーシャだけでなく、一緒にいたシェリルたちも空を見上げて鬱屈そうな表情を浮かべています。
「私たちは明日から実習で外に出る予定だったんだけど、ああ、たしかに向こうの方は雲が覆っているわね」
「もうしばらくの辛抱よ。そしたら夏がくるから」
「そんなことより、ラヴィーニャ。あなたまたお手紙を貰ってなかった」
「ええ。婚約者がいるって毎度断ってるのに」
恋の話や夏季休暇の話など、じめじめとした空気を吹き飛ばす楽しい話題に花を咲かせながら少し軽くなった足取りで、私たちは寮へと戻りました。