祝勝会
グラスのぶつかる音、手を叩きあいながら朗らかに笑う声、やわらかな曲の洗練された響、などがまじりあい、女子寮のホール、食堂を満たしてゆきます。
祝勝会が開催されている女子寮内では、トゥルエル様が次から次へと食事や飲み物を運んできてくださっていて、時折気持ちの上がり過ぎた生徒の少し弾け過ぎた態度がとがめられる以外には概ね盛況な様子でした。
「それでね、シトリィ先輩が音もなく地面を砕いてしまってからは、ああ、もちろんちゃんと後でもとに戻したんだけど、私たちも男子の方も大混乱で」
膠着状態を突破するためにと頼まれていたというシトリィ・サラヴィス先輩が小さな掛け声とともに地面に打ち込んだという拳は、あわや危険行為とみなされるギリギリの効果をもたらしたそうです。
前回のエミリア先輩の撃ち込まれた拳も十分に強力なものでしたが、エミリア先輩が対象とされていたのがゴーレムだったのに対して、シトリィ先輩が撃ち込まれたのは地面そのものに対して。廃屋ステージのようなところではなかったから良かったようなものの、間違えれば大惨事の可能性もあったわけです。
「それは、男子寮の方は大丈夫だったのですか」
地面が砕けひび割れてとなると、建物や周りの環境もただでは済まないような気がするのですが。
「うん、大丈夫だったよ。ちゃんと事前にアイナ先輩とクラウディア先輩が寮に被害が出ないように障壁を張ってたみたいで」
「すごいですね」
地震や地割れで被害が出ないということは、地中深くの目には見えていないところにまでしっかりと障壁が展開されていたということです。
そのシトリィ先輩は、祝勝会の中、もう少し加減をしないと、本番では選手に想定以上の危険が及ぶ可能性のある過剰攻撃と見なされる恐れがありますよ、とリリス先生にお小言を言われて小さくなっていらしゃいます。
「大丈夫ですよ、リリス先生。そのときもちゃんと私がフォローしますから」
「そういう問題ではありませんよ、クラウディアさん」
リリス先生は一つため息をつかれた後、これ以上は祝勝会に水を差すつもりはありませんが、くれぐれもやり過ぎには注意してくださいねと念を押されて女子寮を後にされました。
「それで、アーシャはどうしていたのですか」
「私はハーツィースさんと一緒にその混乱に乗じて、と思っていたんだけど、実際何が起こるか聞かされていても咄嗟に行動するのが難しいっていうのがよく分かったよ」
そんな中で、思わずしゃがみ込んでしまった自分とは違って、ハーツィースさんはバランスを崩すことなく悠然と駆けて行ったのだとアーシャは尊敬するような眼差しで語ってくれました。
「それは当然です」
「ハーツィースさん」
お皿にこんもりと野菜を盛ったハーツィースさんは、野菜のスティックをかじりながらすぐそばの椅子に腰を降ろされました。
「私たちの主な棲み処は人間のように舗装された地面の上ではなく、起伏やここでいうところの障害物があるようなところですからね。当然、地震が起きた際の、そうあなた方の言う屋外での対処に関しては人間よりも他の生物、魔物の方がよっぽど心得はあるのです」
「そういえば、他の皆さん、レーシーさん達の様子はどうでしたか」
人間との交流によって互いの見識を深めるという名目で学院に通っているハーツィースさんですが、1年以上こちらとの取引を行っているため、大分不信感はぬぐえて来ていることと思うのですけれど。
「そうですね。私としては出来る限り私がいる間に彼女たちを慣れさせておきたいと思っているので、この春には無理でしたが、来春には幾人か連れて来れたら良いとは思っています。さすがに、1人では無理でしょうから」
「そうですか。それでは楽しみが一つ増えましたね」
来春にはメアリスも学院に通うようになるので、お城へ取引にいらっしゃるときに連れてきていただければ、事前の交流も相まって、学院生活により早くなじむことが出来ると思うのです。
「そうですね。今のところ皆が慣れているといえるのは、よく私たちのところへ話を聞きにきたりするセレンだけですが・・・・・・。では、今度の取引の際には城へ一緒についてくるように言っておきましょう」
「はい。きっと皆喜びます。もちろん私たちも」
来春から通えるようになるメアリスはもちろんのこと、ルノもニコルも学院を楽しみにしていましたけれど、それ以上にサラが、皆に友達が出来ることを喜びそうです。休みの度にレシルやカイ、メルの報告をとても嬉しそうな顔で見つめながら聞いていますし。
賑やかを通り越して騒がしく続けられていた祝勝会も、寮の規定の就寝時間になると、もちろん反対の声は沢山あげられましたが、トゥルエル様によって強制的に解散となりました。
「あまり遅くまで騒いでいてもトゥルエル様もご就寝されることが出来ませんし、そろそろ戻りましょうか、アーシャ」
「えー。まだいいんじゃないの」
「いえ、早く寝ないと成長が抑制されるんです」
私がそう言うと、アーシャが私の胸の辺りへと視線を向けました。
「いつもルーナは早寝早起きだけど、あんまり関係ないんじゃないの」
「何の話ですかっ、私が言っているのは身長の話ですよ」
思わず胸の前で組んだ手で服を掻き抱きます。
「大丈夫だよ、ルーナ。胸は好きな人に揉んでもらうと大きくなるんだって」
メルにはその必要もなさそうですけど。本当に半分くらい分けてくれても、といつの間にか下を向いていた視線を慌てて戻すと、メルたちのにやけた顔が映りこみました。
「ですから、胸の話はしていませんっ」
熱くなった頬でそう言っては見たものの、誰も取り合ってはくれませんでした。別にルグリオ様のことを考えていたわけではないのです。信じてはいただけませんでしたけど。