4年生学内選抜戦開始
「お疲れ様です。では、こちらが課題になります」
リリス先生に実習のレポートを提出して課題をいただいた私たちではありましたが、お腹が減っていたということもあり、学院校舎の図書館ではなく、一旦女子寮へと引き上げることにしました。
「しっかり食べておかないとね。何と言っても放課後には学内選抜戦があるんだから」
アーシャはすでに気合十分なようで、楽し気な表情を浮かべています。
「ん、どうかした、ルーナ」
本当はもう4年生にもなったのですから、選抜戦にも出たい人が出ればいいと思っていましたし、メルやシズクに限らずとも出たいという人がいれば心から私の分の席を譲るつもりはありました。
しかし、2年生の時に言われたこともありましたが、鼻にかけるつもりは全くありませんけれど、私には現4年生の、正確には前3年生時に主席だったという責任があります。
「いえ、何でもありませんよ」
「また、選抜戦を辞退するとか、皆のお手本にとか、責任がとか考えてたんじゃないの」
「ど、な、いえ、そのようなことは」
あまりにも正確な指摘に、思わず本音を漏らしてしまいそうになりましたが、すんでのところで口を噤みました。
しかし、アーシャにはバレバレだったようで、お見通しよとでも言うように指でおでこを弾かれました。
「痛い。何するんですか」
「余計なことばっかり考えているみたいだったから、叩いたらその分どこかへ抜け落ちるんじゃないかと思ってね」
寮の扉を開いて進んでいくと、まだお昼時だというのに、いえ、むしろもうお昼時だからなのか、5年生の先輩方と、同級生の多くが寮に戻ってきていて、楽しそうに昼食をとっています。
「ねえ、聞いて聞いて、ルーナったらまたね」
アーシャが同級生の輪の中に飛び込んでいって先ほどまでの一幕を話してしまうと、若干憐れみを含んでいるような視線を向けられました。
「この子はまた、いやまだそんなことを言ってるの」
同級生に取り囲まれて、一番背の小さい私は頭をぽんぽんと叩かれます。
「分かってないわね、ルーナは」
「そんなことばっかり言ってるとお仕置きしちゃうんだからね」
ぎらりと光ったような目と怪しく光る口元、皆の手の動きに何となく身の危険を感じた私は、肩を抱きながらメルのところまで後ずさります。
メルによしよしと抱き留められると、少し余裕ができて、皆の顔を見回すと、皆、楽しそうな表情をしていました。
「冗談よ。でも、ルーナが戦っている姿を見ていたいというのは本音よ」
「実戦ももちろん練習になるけど、上手な人の魔法の使い方を見るのも勉強になるからね」
「それに、代表の座は譲られるものじゃなくて勝ち取るものでしょう」
「おおー、リーアがなんか格好良いこと言ってる」
少しは妬みや嫉みといった感情もあるのかもしれません。しかし、それを圧倒的に上回る憧憬や羨望、期待、やる気、情熱といった感情がこの場に溢れだして渦巻いているのを感じました。
「分かりました。私も最善を尽くします」
放課後、授業の終わった生徒が戻ってくると、いよいよ男子寮との学内選抜戦が開始されます。
「以前、アイネ元寮長から窺ったところでは、男子寮と試合をして代表を決定するのは楽しみが増えるからだとお聞きしておりますが」
「それがどうかしたかしら」
お声をかけると、晴天の空の色と同じ色の髪をなびかせながら、シルヴィア先輩が振り向かれました。
「フィールドに競技場を使用されず、男子寮と女子寮を陣地に設定するのも同じ理由でしょうか」
対抗戦のフィールドは渓谷、廃屋、草原、岩場。言うまでもないことですが、学院内にはそのような場所はありませんし、作ることが出来るとすれば競技場にでしょう。完全に無作為に操作され、種類が変化するというのならばわかるのですが、そのようなこともないようですし。練習ということを考えれば、競技場にそのフィールドを作り出して対戦する方が良い気がするのですけれど。
「そう聞いているわ」
「先輩が直接お聞きになったわけではないのですか」
シルヴィア先輩は目を丸くされて驚かれたようでした。
「あれ、ルーナは知らなかったの。今みたいに女子寮と男子寮で競うようになったのは、セレン様がお決めになったことだって聞いているけど」
「そうなのですか」
セレン様と学院や対抗戦の話をすることはあっても、学内の対抗戦のことまではそこまで深く話したりしたことはありません。
「うん。なんか昔は普通に他校もやっているように男子と女子が混合で出ていたらしいんだけど、セレン様がそう提案されたんですって」
シルヴィア先輩がおっしゃるには、セレン様は本戦で使われるものと同じフィールドで戦っても面白くないからという理由で、元々はご自身で面白いフィールドをお作りになられる予定だったということです。しかし、当時いらしたという先生で、男子と女子が混ざって出るべきだとおっしゃられた方を納得させるために、渋々現在の形で了承されたということでした。
「私もまた聞きだから詳しいことは分からないけど。気になったならセレン様に直接お尋ねになったら」
「分かりました。ありがとうございます、シルヴィア先輩」
そのような話をしていると、開始間近になり、シエスタ先輩が私たちの前に立たれました。
シエスタ先輩はそれほど身長が高いわけではないので、そうはいっても私よりは高いのですが、寮から持ち出された椅子の上に靴を脱いでストッキングで立たれました。
「今更私が言うことなど何もないと思うのですが、伝統だからということで宣誓、というほど立派なものではありませんが、告げさせていただきます」
シエスタ先輩は静謐な佇まいで、ルビーのようにきれいな真っ赤な瞳で私たちを見回されました。
「私事で大変恐縮ではありますが、前回、初めて参加させていただいた選抜戦はとても有意義な時間でした。今回もまた、同じようにこの場に立てることに大変感謝しています。なので、もっとこうしている時間を増やすためにも、この度の戦に勝利して、是非本戦でもともに戦いましょう」
大きな喝采が、男子寮のものと重なり、さらに大きくなったところで、開始の合図が出されました。