春以降への抱負
シエスタ先輩と私が戻ると、当然のことながらキャシー先輩はすでにいらっしゃいませんでした。代わりに、女子寮の皆さんが暖かく迎えてくださいました。
「遅いわよ、シエスタ」
かけられた言葉とは裏腹に、シンシア先輩の口調も柔らかいものでした。
「シンシア……ご心配をおかけしました」
「決めたのね」
「……はい」
先輩方はシエスタ先輩の顔をじっと覗き込んでいらっしゃいましたが、安心されたように薄い微笑みを漏らされました。
「そう。じゃあ、先輩たちを送り出す準備に戻りましょう」
「ええ」
先輩方が配置へと戻られたので、私もアーシャたちのところに合流しました。
「学院生活も折り返しでしたけれど、3年生はどうでしたか?」
卒業生の先輩方がいらっしゃるのを待っている間に、隣のメルに声をかけます。
「何かやりたいことは見つかりましたか?」
「3年生は……実習に行ってワイルドボアにリベンジしたり、洞窟ではロックリザードと交戦したり、自分でも力が付いてきているのは実感したけど、まだまだ私一人だけじゃ全然どうにもならないのもわかったよ」
「それは当然ですよ。だからこそ、私たちは学院で一緒に学び、共同生活、そして実習にも行くのですから」
「ルーナたちはそんなこと必要ないって言うのかもしれないけど、私は卒業したらやっぱり御恩返しがしたい。サラやレシルたちにも、もちろん、ルグリオ様やアルメリア様、ヴァスティン様、もちろん、ルーナにも。他にもたくさん、私が、私たちが今こうして学院に通って、ちゃんと生きていられるのはそうして支えてくださっている人たちのおかげだから」
私は黙ってメルの話、メルの決意に耳を傾けます。
「もちろん、お金なんて払えない。物理的にもそうだけど、そんな失礼なことは出来ない。だから、受けた御恩は各地を回って私たちと同じような目に合っている子供たちに、助けてあげるなんて大仰なことは言えないけれど、助けになってあげられたら、手を差し伸べるところまで探しに行くことができたらなって思ってるよ」
ヴァスティン様が最初に作られたのはお城の近くの孤児院一軒だけですけれど、アースヘルム、それも王都に近い位置に、新しく就学前で身寄りのない子供たちのための教会、でもないですけれど、施設がいくつか造られる予定だと聞いています。
「そうですか。では私も頑張らないといけませんね」
ただ椅子に座ってルグリオ様が執政されるのを見ているだけになるつもりはありません。しっかりと自分の目で見て、世界を広げて、やりたいこと、出来ることをしていかなくてはなりません。
「じゃあ、4年生の実習ではそっちの方に足を伸ばしてみる」
「それもいいかもしれませんね。アーシャやシズクが、きっと賛成してくれると思いますけれど、何と言うかはわかりませんし、学生としての領分なのかもわかりませんけど、やらなくては始まりませんからね」
「ルーナが一緒なら心強いよ」
「私もですよ、メル」
私たちが決意を新たにしていると、会場の方から拍手が一際大きな鳴り響いてきて、キャシー先輩やマリスターナ先輩、セティア先輩の姿が見え始めました。
「ふぇっくしょいっ」
「もう、恰好つかないわね」
エミリア先輩が大きなくしゃみをされて、隣を歩いていらっしゃるリィン先輩がハンカチを差し出されています。
「ご卒業、おめでとうございます」
「おめでとうございます」
寮生の作っている花のアーチを潜り抜けて、手を振って微笑まれたり、制服のボタンを取って渡したりされながら、学院の外へ向かって一歩一歩進んで来られます。
先輩方の列からだけでなく、私たちや後輩の列からも、鼻をすするような音や、時々涙に枯れたような声が聞こえてきます。
先輩方が全員通り抜けられた後も、寮の周りは、毎回のことながら、クラブの先輩を囲って色紙や花束を手渡されていたり、お別れの思い出を作られている人で溢れ返っています。
私のところにも、なぜだか卒業される先輩方が集まって来られて、お願いされるままに抱きしめていただいたり、私が抱きしめる側に回ったり、そのたびにお別れの言葉をお掛けしたりしました。
「大人気だったね」
ほとんど全員だったのではないかと思われる先輩方が捌けられると、男子寮のある方から、カイとレシルを連れて歩いていらしたルグリオ様とセレン様にお声をかけられました。
「ルグリオ様」
「僕たちのところにも何人か、春からお城で衛兵に志願したとか、メイドとして働かせていただけることになりましたとか、挨拶にきたよ」
「そうでしたか」
一言二言私と言葉を交わしたルグリオ様は、すぐに卒業生の先輩方に、セレン様と一緒に囲まれて、笑顔で祝福の言葉をかけられていらっしゃいました。
その後、私たちは一緒に卒業される先輩方を馬車のところまでお見送りしました。
「じゃあ、卒業しても元気でやるんだよ。たまには顔も見せに来な」
トゥルエル様も出ていらして、餞別を渡されていらっしゃいました。
「ありがとうございました」
別れを告げられた先輩方を乗せた馬車は、それぞれの道へと向かって走り去っていきました。
「じゃあ、僕たちも帰ろうか。冬が明けたらルーナのお姉さま、カレン様の結婚式もあるし、学院が始まる前には戻って来れるように色々準備しておかなくちゃいけないからね」
「はい」
私は振り返ると、アーシャたちに別れを告げました。
「それではまた春に」
「うん、またね」
私はメルと一緒に荷物を持って馬車へと向かいました。