拝命
「お世話になりました」
「それじゃあ、春にもできればみんなの元気な顔が見られることを祈っているわね」
掃除と買い出し、朝食の準備を済ませた後、雪もちらほらと舞う早朝にもかかわらず、見送りに来てくださったソフィー先輩や組合の方に見送られて私たちはエクストリア学院へ戻る馬車へと乗り込みました。
「これ、お弁当に持っていきな」
「ありがとうございます、アイシャさん」
メルが大事そうに4つの包みを受け取ります。
「今日までありがとうございました。きっと春にもまた来ると思いますから、その時はまたよろしくお願いします」
「冒険者にしても、こっちの手伝いでも、どちらにしても待ってるからね」
扉が閉められ、私がお弁当を仕舞うと、馬車が学院へ向かって走り始めました。
リリス先生とジャング先生、それから寮へ戻ってトゥルエル様への報告を終えた私たちは、何やら騒がしかしいホールを覗きに行きました。
ホールの真ん中には大きな人だかりができていて、おそらく学院にいらっしゃる5年生と4年生の先輩方は全員いるのではないかと思えるような人数でした。
「どうかされたのですか」
近くにいらしたシルヴィア先輩に状況の確認をしようと声をお掛けすると、シルヴィア先輩は肩をすくめられました。
「キャシー先輩がご卒業に当たって、次期寮長にシエスタを指名したんだけど、シエスタが拝命を渋っていてね」
シエスタ先輩とキャシー先輩は今もなお言い争っていらっしゃるご様子でした。
「ですから、私にはそのような大役、務まりません」
「大丈夫よ、寮長なんて名前だけみたいなものだし、何か特別大変な仕事があるわじゃないわ」
周りの先輩方は面白そうに、もしくはハラハラとした表情で事の成り行きを見守っておられます。
「ねえ、シエスタ。そんなに気負うものでもないわよ。もっと気軽に、とりあえず寮長と名乗っておけばいいか、とかそんな程度で構わないのよ」
「ですが」
「私だって何か大それたことをしたわけじゃないわ。トゥルエル様はセレン様以降の寮長の方は大変な問題児ばかりみたいな言い方をされるけれど、結局、セレン様以外は淡々とこなされていただけよ。もちろん、それもすごいことだけれど」
キャシー先輩はふんわりと笑ってシエスタ先輩の硬く握られた拳の上から手を重ねられました。
「何もあなたが一人で全部背負い込む必要はないの。私にも無理だし、ほとんど問題なく、問題ばかりだったとも言えるかもしれないけれど、こなされていたのは私の知る限りではセレン様だけよ。ソフィー先輩も、リリー先輩も、アイネ先輩も、イングリッド先輩だっていくつも問題を抱えていらっしゃったわ。勿論、私もそう」
キャシー先輩は言葉を切って、周りを見回されました。
「シエスタ。周りを見てみなさい。学院には、女子寮にはこんなにたくさんの生徒がいるじゃない。もちろん、春になっれば新入生も入って来るでしょう。その皆があなたを助けてくれるわ。休んだって、立ち止まったって、引き返したっていいのよ。心配なんて何もないわ」
シエスタ先輩は同じように周りを見渡されました。
「まあ、本当にやりたくないというのなら構わないわ。でも、きっと寮長になったら、大変なこと同じくらい楽しいこともたくさんあるはずよ。まだすぐ指名が決定するわけじゃないから、じっくり考えて、それから、そうね、今日はこれから面接があるから、明日以降、卒業式までに私に言いにきてね」
そう言い残されて、キャシー先輩は颯爽と寮から立ち去られました。その場には多くの生徒と、難しく考え込まれているような表情のシエスタ先輩が取り残されました。
それから数日、卒業式の日は朝から、正確には夜のうちから雪が降り続いていました。
寮から一歩外に出ると、足元ではふわふわの雪がさくさくと音を立て、吐く息は真っ白に染まっています。
「それでは、私はお花を準備して参ります」
暖気を循環させる魔法をかけられている先輩方の代わりに、寮の中へと花道のための花びらが入った袋や箱を取りに入ります。
用意してあるはずの部屋の前まで辿り着いて、ドアを開くと、中から声が聞こえてきたので、そのまま隙間から中の様子を窺います。
「それで、決意は出来たかしら」
窓の近くで壁にしな垂れかかりながら外の様子を窺われていたキャシー先輩が、隣の窓に平行に立ったシエスタ先輩に視線を向けられました。
「はい。寮長の任、謹んでお受けいたします」
「一応聞いておくけれど、私に強制されたとか、友達に言われて、とかじゃなく、あなた自身が決めたことなのよね」
キャシー先輩の鋭い視線を、シエスタ先輩が決意の籠った視線で見つめ返しています。
「はい」
お二人はしばらくそのまま見つめ合われていましたが、やがてキャシー先輩は柔らかく微笑まれました。
「そう。それなら良かったわ。でも、そんなに肩ひじ張って気張らなくてもいいのよ。もっと自然体で、いい意味で適当にこなせばいいの。自分一人で全部抱え込んだりしちゃだめよ。そっちの方がよっぽど皆に心配をかけるわ。だから、何でも周りに相談しなさい。寮長なんて名ばかりで良いのよ。きっと、そこにいるルーナだって力になってくれるはずよ」
急に扉の方へ視線が向けられたので、驚きましたけれど、扉を開けて中に入りました。
「ご存知だったのですか。・・・いえ、当然ですね。きっと、冷たい空気が入り込んでいってしまったのですね」
私は扉を開けて覗いていたのだから当然でした。
「まあね。さて、それじゃあ、そろそろ行きましょう。というよりいかないと私が遅れちゃうわ」
キャシー先輩は私の横を通り過ぎてゆっくりと外へ向かわれました。
私とシエスタ先輩はなんとなくキャシー先輩が部屋から出ていかれるのをその場で見送りました。
「ルーナ様」
キャシー先輩の足音が消えると、シエスタ先輩に声をかけられました。
シエスタ先輩は、何か言いかけて口をつぐまれ、それから意を決したように拳を固く握られました。
「皆のところに参りましょうか」
結局、おっしゃられたのはそんな言葉でしたけれど、シエスタ先輩の決意ははっきりと伝わってきました。
「はい」
私はシエスタ先輩と並んで歩いて行きました。