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組合の仕事―—受付と食事

 冒険者組合の受付業務は多岐にわたります。受付というよりも総合職といったほうが正しいのかもしれません。

 一つはその名の通りの受付業務。窓口、依頼の受注と発注、依頼達成の確認が主な仕事となります。


「はい、こちらの依頼ですね。承りました」


 笑顔を絶やさず、どのような相手でも平然と対応することが望まれます。


「新人さんかい。それにしては随分と」


「アーシャ・ルルイエです。エクストリア学院3年生です。こちらへは学院の実習で働かせてもらっています」


 そうアーシャが笑顔を振りまくと、ほんわかとした空気が漂います。


「ルーナ様、これをあちらのテーブルに運んでくださいますか」


「承りました。それと、学院の生徒としてここに来させていただいている以上、今の私はただのルーナ・リヴァーニャですので敬語は不要です」


 シズクは裏でクラウスギルド長を手伝って、事務仕事や会計処理、依頼書の作成を手伝っているはずですので、私とメルはホールで掃除をしたり、休憩をとられている冒険者の方々に飲み物や食事等を運ぶ仕事を手伝っています。


「おーい、こっちにもビー、いえ、お茶をお願いできますか」


 ジョッキを空にされた冒険者のパーティーの方から追加で注文が入りそうになったのですけれど、おそらくビールを頼もうとされていたその方達は、直前で変更されました。


「そうですよね。こんな昼間から学院生もいるのにお酒ばかり頼んで仕事をしないような方はいらっしゃいませんよね」


 ソフィー先輩から微笑みを向けられて、ただし全く温度は感じられませんが、直接向けられた方達だけではなく、他のテーブルにつかれていた方達もそそくさと立ち上がられるとぞろぞろと依頼書の貼ってある板の周りに集まり始めました。


「さ、さーて、そろそろ出かけるとするか」


「そ、そうだな。うん。あんまり休んでいるとかみさんに怒られるからな」


 ホールにいらした方はほとんど全員、手に依頼書を持って受付までまるで何かから逃げるかのように押し掛けます。


「はーい。承りました。ルーナ、それにメルも急に手が足りなくなったからこっち手伝って貰えるかしら。おかしいわね、何かあったのかしら」


 ソフィー先輩はあらあらとおっしゃりながら慣れた手つきで依頼書を捌かれています。

 ひと段落着くころには、組合内には私たちの他にはただの一人も残っていらっしゃる方はいませんでした。


「あらあら、今日は皆やる気だったみたいね」


 その場には1人だけ職員の方を残されて、ソフィー先輩は私たちを奥の方へと案内してくださいました。



「じゃあ、今度はこっちを手伝ってね」


 私たちが通されたのは厨房のようでした。浄化の魔法を使うと、薄手のゴム手袋をつけます。


「ここでは、見ればわかると思うんだけど、さっきみたいにお酒の準備をしたり、帰ってきた皆に出す食事を作っていたりするわ。あなた達も経験しているからわかるとは思うけれど、討伐されたビッグボアなんかも調理したりするのよ」


 厨房の中では、かたや鍋を煮込み、かたやお肉を細切れにしていたりと、忙しなく動き回っています。


「この組合を拠点に活動してくださっている方は多いからね。食事の量も半端じゃないのよ。皆、料理くらいはやったことあるわよね」


 私たちは頷きました。


「そう。それなら良かったわ」


 ソフィー先輩はざっと厨房内を見渡されて、手の足りなさそうなところから順番に私たちを割り振られました。


「ルーナはあっちで鍋の様子を見るのを手伝ってきて。メルとアーシャはこっちで食材を切ったり、こねたり、丸めたりするのを手伝って」


「はい」


 私は大きな鍋がたくさん並べられている火の前にいらっしゃる方に声をお掛けしました。


「よろしくお願いします。ルーナ・リヴァーニャです」


「ありがと。私のことはアイシャでいいよ、お姫さん。おっとここじゃルーナでいいんだっけ」


 濃い目のカールした茶髪を揺らしながらアイシャさんは、鍋をかき混ぜるおたまを止めずにこちらを振り向かれました。


「こちらでは何を」


「それじゃあ、鍋の中身をかき混ぜていてもらえるかい」


 鍋の中身はクリームシチューのようで、足りない背の分の台を持って来て上に立ち、かき混ぜようと蓋を取ると、熱い煙と共にことことと煮込まれている音が聞こえてきました。


「んー。良い香りです。とっても美味しそうですね」


 思わずそんな感想を漏らすと、アイシャさんは得意げにふふんと鼻を鳴らされました。


「そうかい。じゃあちょっと味見でもしてくれるかい」


 差し出された小皿を受け取ると、暖かく、手の先からじんわりと浸透してきました。


「いただきます」


 じっくりと煮込まれていたシチューは、まったりとコクのある味が口の中にとろけるように広がって、寒い外から戻っていらっしゃる皆さんにはとても喜ばれるだろうと思いました。


「とっても美味しいです」


「ありがとさん」


 アーシャとメルがパンを切ったり、お肉を挽いたりするのを聞きながら、お鍋のコトコトする音に耳を傾けました。




「あれ、今日はもう準備ができてるわね」


 夕食時、一番最初に戻っていらした組の方々は準備中ではない札を見て少し驚かれているようでした。


「ああ、今日は助っ人がいたからね」


 途中からシズクも加わって、私たち4人はすっかり厨房内でのお手伝いとなってしまいました。


「さあ、そろそろ皆戻ってくる頃だから、ホールに出て運ぶ仕事をしてくれるかい」


「分かりました」


 私たちは戻っていらした方々にお水をお出しする係と食事を運ぶ係に分れてホールを忙しなく動き回りました。


「こんなに可愛い娘たちに給仕して貰えるなんてねえ」


「本当、生きてて良かった」


 あちらこちらから似たような声が上がります。


「だからって、手は出さないでくださいね」


 ソフィー先輩も他のホールに出ていらした皆さんも忙しい中で目を光らせていてくださったので、私たちは無事に食事時を乗り切ることが出来ました。




「じゃあ、そこの空き部屋を使ってね。狭くて申し訳ないけれど」


「狭いなんてとんでもありません」


 さすがに夜中のお酒ばかりを出すときまではいられないので、夕食時の波が治まるころを見計らって、私たちはまかないとお風呂をいただきました。

 まかないとは言われていても、作ってくださったのはとても立派な炒飯で、空になっていたクリームシチューの代わりに作ってくださったスープととてもよく絡んで最高のお味でした。


「お風呂もとてものんびりできましたし、お夕食もとても美味しかったです。ありがとうございます」


「手伝って貰ってるのはこっちだからね。こんなんで冒険者の実習になっているのかどうかわからないけど」


「そんなことはありあせん」


 出かけ先ではあんなに立派な料理は作れませんけれど、他の冒険者の方々のお話を聞くことはとてもいい勉強になります。


「私も依頼書を見せて貰ったり、資料を読ませていただいたりして、今後の参考になりました」


 シズクも満足そうな顔を浮かべています。

 ここでの情報収集は今後、冒険者として討伐依頼や採集依頼などを受けるときにも役に立つはずです。


「そう、それなら良かったわ。他にも色々仕事はあるから、明日もよろしくね」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 私たちは揃って頭を下げました。

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