わかりやすくなった
お兄様がご結婚なさるということで、その結婚式に出席することになった私とメルは、翌日、同じく出席するレシル、カイと一緒にリリス先生とジャング先生にその旨を伝えに行きました。ジャング先生というのは茶髪の初老の男性で、メルたちの担任を務めていらっしゃる方です。
「分かりました。ではこちらの方で公欠とさせていただきます。授業の補填の方は後ほど戻られた際に試験という形にさせていただきますので」
ジャング先生は事務的に書類にサインをされると、私に微笑みかけられました。
「お兄様のご結婚、おめでとうございます。心より祝福いたします」
「ありがとうございます。兄にもお伝えいたします」
リリス先生のところでも同様のやり取りをして公欠届を提出した私たちは、実習のこともついでに確認しておきます。
「リリス先生。実習のことなのですけれど、私とメルは同じ班なので、同じ班でありこちらに残るアーシャさんとシズクさんが二人になってしまうことが気がかりなのですが」
「分かっています。その件に関しましてはこちらで対応しておきますので、気になさらないでください」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
寮へと戻った私たちは、おそらく長期のことになると思われたため、メルの分の荷物もまとめて収納します。レシルとカイの方のことは気がかりではありましたけれど、おそらくそちらにはルグリオ様が向かわれていると思われたので、私がそれ以上考えてもしょうがないと思い、自分たちのことに集中しました。
「ルーナとメルがいない間は私とシズクで一緒の部屋を使うから」
「お泊り会みたい」
アーシャもシズクも顔を見合わせて、せっかくのお泊りなら一緒のベッドで寝ようとか、夜更かししてお話しようとか楽しそうに語り合っています。私とメルは部屋を後にすると、再び管理人室へと赴きました。
「ではトゥルエル様、行ってまいります」
「気を付けて行ってくるんだよ。しっかりね」
準備を整えて女子寮の入り口を出るとすでに馬車が待っていて、中にはルグリオ様とセレン様、それにレシルとカイも乗っていました。私がルグリオ様の隣に、メルがセレン様の隣に座ると、馬車はゆっくりと走り出しました。
「これから一旦お城に戻って、サラさんやメアリスたちと合流して準備をしてから、明後日、アースヘルムに向かって出発するからね」
アースヘルムへ向かう準備は整っているということでしたけれど、私たちの個人的な準備期間と、体調に気遣ってくれてのことでしょう。お兄様とミリエス様への贈り物も準備しなくてはなりません。どのようなものがいいのでしょうかとルグリオ様のお顔を見上げながらぽーっと考えます。
「どうしたの、ルーナ。僕の顔に何かついてるかな」
「い、いえ、何でもありません」
無意識に自分の時のことを想像してしまって、恥ずかしくなって、慌ててルグリオ様から顔を逸らします。逸らした先ではセレン様が楽しそうに微笑まれていました。
「ルーナは分かりやすいわね」
「そうだね。どちらかというと、わかりやすくなったというべきかな」
ルグリオ様もセレン様と同じように微笑まれています。頬が熱くなるのが分かりました。
お城に着いたのは陽がすっかり落ちて辺りが暗くなってからでした。
「着いたよ、ルーナ」
どうやら私は、それにメルとカイも眠ってしまっていたようで、ルグリオ様が優しく起こしてくださいました。
「遅くなってしまって悪かったね。これから晩御飯だと思うけれど大丈夫そうかな」
「お気を使わせてしまい申し訳ありません。私は大丈夫です」
ヴァスティン様とアルメリア様にご挨拶に伺った後、お風呂に入って食事をしました。すっかり夜になっていたのにもかかわらず、ヴァスティン様もアルメリア様もお食事を摂られずに待っていてくださって、学院のことを話したりしながら楽しい食事のひと時を過ごしました。
正式な招待ですし、まさかいきなりアースヘルムのお城に転移するというわけにはいきません。結婚式、及び同時に執り行われる戴冠式へはきちんと馬車で向かう必要があります。
お祝いの品をこれでもかと詰め込んだ馬車を含めて、サラ達と一緒の馬車とはいきませんでしたけれど、馬車に乗り込んだ私たちは、寒さを増してきた秋風に吹かれながら、懐かしさを感じつつ、以前と負った時のことを思い返しながら進みました。
前に向かった時は、私はまだ学院に通っていなかったですし、メルやカイ達とも知り合っていませんでした。学院に入ってからは忙しく、なかなか機会がなかったため、随分懐かしく感じられます。
「そういえば、セレン様と一緒にアースヘルムへ向かうのは初めてですね」
「そうね。私は個人的には何度か行ったりしたけれど、ルーナやルグリオ、それに皆と一緒ではなかったわね」
セレン様はアースヘルムでのことをお話してくださいました。毎回、挨拶に向かわないわけにもいかず、その度に歓待されてしまい、嫌ではないのだけれど困ってしまうとか、アースヘルム独特のもの、例えば壁や地面を彩る絵や彫刻などは訪れるたびに増えていたり、微妙に手が加えられていたりと飽きさせないのだとか。
「こっちでのあなた達の様子を話したりするととても喜ばれたわ」
お兄様とセレン様は同い年ですし、お姉様はルグリオ様と同い年です。きっとよくウマもあうのでしょう。
日も落ちてくる頃になると、馬車が止まって、護衛にいらしたルードヴィック騎士長様が、若干躊躇いがちに外からお声をかけてくださいました。
「ルグリオ様、今夜の夜営地なのですが」
「ああ、わかりました」
ルグリオ様はすぐに騎士長様のおっしゃりたいことを理解されたようで、失礼するよと言い残されると馬車から降りられました。
しばらくすると戻っていらしたルグリオ様は、首を縦に振って頷かれました。
「サラさん達には確認をとってきたけれど、大丈夫みたいでした。無理をしているようにも見えなかったのでおそらくは平気かと思います。逆に、下手なことをすると気を使わせたと思われてしまうかもしれません。もう遅いかもしれませんけど」
「承知いたしました。では本日はここまでとさせていただきます」