本当それ
昼食の後十分に休憩をとった私たちは、イエザリア学園との試合に臨むため、再び競技場へと戻ってきました。
私たちが競技場に入るのとほとんど同時に、反対側の入り口からイエザリア学院の選手の方も入場していらっしゃいました。両校の応援席からは一層大きな歓声が上がります。
「なんだかすごく睨まれている気がしますけど」
イエザリア学院の選手の睨むような視線から身を隠すように私たちの後ろからキサさんが声を潜めて囁かれました。
「まあ仕方ないんじゃないかしら」
マリスターナ先輩はやれやれといった口調でため息をつかれました。
「知っているとは思うけれど、イエザリア学園では競技や戦闘に力を入れているでしょう。それにもかかわらず、ここしばらく私たちに対して勝利を上げることが出来ていないから沽券にかかわるとか思ているんでしょう」
たしかにそうなのかもしれませんけれど。
「それって逆恨みじゃないんでしょうか」
シェリルがびくっと肩を震わせながら先輩を見上げます。
「うーん、どうかしらね。そこまで根の深いものではないと思うけれど。まあ、一種の宣戦布告かしらね」
「だからって負けるつもりは全くないけどな」
エミリア先輩は拳を手のひらに打ちつけられると、嬉しそうに相手を睨み返していらっしゃいます。
「エミリアの言う通りよ。私たちだってここに立てなかった皆の思いを受けているんだから。しっかり勝って今晩は祝勝会で飾りましょう」
「はいっ」
「おおっ」
キャシー先輩の宣言に私たちは声を揃えて元気に返事をしました。
「よし。皆疲れはないようね。じゃあ、行くわよ」
私たちとイエザリア学園、双方が顔を合わせると先生方によってフィールドが形成されました。今回は岩場のようで、巨大なものから小さいものまで、地面も硬く、所々ひび割れている大地が広がっています。
私たちは揃ってフィールドに足を踏み入れると、校章を構えて競技開始の合図を待ちます。
「アーシャ、危ないですから転ばないように気を付けてくださいね」
「さっきも聞いたよ。大丈夫だって、少しは私を信用しなさい」
アーシャが私の肩に手を置いてウィンクすると、横からシェリルも手を重ねました。
「ルーナこそ気を付けてね。さっきみたいなこともあるし」
「大丈夫です。先程元気をもらいましたから」
「はいはい、ご馳走様」
ひとしきりのやり取りを終えた後、私は気を引き締めて校章の目の前に陣取りました。
「じゃあ、行ってくるね」
「はい」
アーシャはキャシー先輩やマリスターナ先輩に混ざって、若干の前傾姿勢で待っていましたが、開始の合図ですぐに飛び出しては行かず、岩陰に隠れながら慎重に歩を進めていきました。
アーシャの後ろ姿が消えないうちに、先頭は相手と遭遇したようで、岩の砕けるような大きな音が聞こえてきて、二筋の細く白い光の柱が眼前に確認できました。
「はやいわね。キャシーのスピード、目算の距離を考えてもおそらくはまだ半分といったところよ」
リィン先輩は相手選手を称賛するかのように口笛を吹かれました。
「キャシー先輩と同等のスピードということですか」
シエスタ先輩も、少しではありましたけれど、驚いて目を見張っていらっしゃるように感じられました。
私も驚いていると、今度は違う方向から岩の崩れるような音とともに煙が巻き上がるのが見えました。
「思っていたよりも早く決着が付きそうね。どちらにしても」
はやくも目の前に現れた相手選手に対して、リィン先輩は私とシエスタ先輩の前に立たれました。
「やあ、やっぱり君が守っていたんだね、リィン」
ぼさぼさで、茶色く短い髪の男性が満面の笑みを浮かべながらこちらへ向かってきました。
「今は一応試合中だということを忘れないでもらいたいわね、グリス」
「つれないね。君に会いたくて早くやってきたというのに」
どうやらリィン先輩のお知り合いのようです。
「彼はグリス・ヴェール。イエザリア学園の5年生で私の「婚約者さ」幼馴染よ。言ってもしょうがないことだから言わなかったけれど」
リィン先輩がばっさりと切り捨てられると、グリスさんはその場にがっくりと膝をつかれました。
「いや、でも前回は知り合いだったし、これは希望が出てきているのかもしれない」
グリスさんはあっという間に立ち直られると、右手を横に伸ばされました。グリスさんの握られた拳の中から炎を纏った長い剣が出現しました。
「アレの相手は私がするから、シエスタとルーナは校章をお願い」
「分かりました」
私とシエスタ先輩は校章を挟むような形で立ちながら、もちろん周囲を警戒しつつ、リィン先輩とグリスさんの戦いへと目を向けました。
「これに勝ったらもう婚約者でいいかな」
「何言ってるのよ。まだ私の1034勝1007敗で勝ち越してるじゃない」
「そうだったね。数まで覚えていてくれて嬉しいよ」
「お父様を説得できないくせによく言うわね」
いつの間にやらリィン先輩の右手には白銀の剣が握られていました。若干の冷気を感じます。
「うっ。なら、これに勝って勝ち星を一つ増やさせて貰おうかな」
言うが早いか、お二人は衝撃波を発生させながら剣と剣をぶつかり合わせられました。衝撃波で巻き上げられた砂粒や石の破片が私たちの方へと飛ばされてきます。私はとっさにシエスタ先輩と校章を守る障壁を展開しました。同時に、もう一枚の障壁が私の障壁の内側に展開されます。
「ルーナさ、お怪我は」
「大丈夫です。ありがとうございます、シエスタ先輩」
私たちは障壁を展開したままリィン先輩とグリスさんの戦いの見つめます。
「それにしても」
「ええ」
「「そんなに仲がよろしいのなら、説得ではなく、結婚しますと言い切ってしまわれれば良いのでは」」