心配で居ても立っても居られない
「ルーナっ、大丈夫っ」
私たちが食堂で昼食をとっていると、焦ったお顔をされたルグリオ様がいらっしゃいました。
サイリア特殊能力研究院との試合を終えた私たちは、シャワーを浴びて汗を流した後、同じ学院の敷地内ということもあり、女子寮まで戻って食事をとっていたのですけれど、突然いらしたルグリオ様に、同じ食堂で食事をしていた女子寮の生徒はいつも通り黄色い悲鳴を上げていました。しかし、ルグリオ様があまりにも焦っていらっしゃるご様子でしたので、駆け寄られたりはされずに、一直線に私の元までいらしたルグリオ様を遠巻きに見ているだけでした。
「良かった、無事みたいだね」
私は椅子から立ち上がろうとしたのですけれど、ルグリオ様はそのままでいいとおっしゃられて、さっと私のことを眺められました。それから安心されたようにほっと息を漏らされると、ぎゅっと強く抱きしめられたので、周りからは再び、さらに大きな声が沸き上がりました。
「あ、あの、ルグリオ様」
流石に衆人環視の中で抱きしめられているのが少し恥ずかしくなってきたのでお声をかけようとしたところで、ルグリオ様は私を胸の中から解放してくださいました。
「試合の様子を見ていたんだけど、居ても立っても居られなくなってつい来ちゃったんだ。ごめんね」
「いえ、ルグリオ様が謝られるようなことはありません」
トゥルエル様の確認をとった方が良かったのでしょうけれど、その時の私はそこまで思考が回りませんでした。
「そうなのよ。ルグリオったら大事な大事なルーナの半裸が衆人の下に晒されてしまったって、それは大変な慌てようだったのよ」
「セレン様」
ルグリオ様が入って来られてから広がっていたままだった人垣を、黒いストールを羽織って、フリルのついた長袖のピンクのワンピースを着たセレン様が優雅に歩いていらっしゃいました。
「姉様だって飛び出していきそうな勢いだったじゃない」
「とりあえず無事なようで安心したわ」
セレン様はルグリオ様を無視されて、私のことをぎゅっと抱きしめてくださいました。
ルグリオ様は苦笑めいた笑みを漏らされると、バツが悪そうにおっしゃられました。
「本当は僕たちはどこかの学校に肩入れするべきではないというのは分かっているんだけどね」
「いいのよ。今ここにいるのはコーストリナ王国第一王女のセレン・リヴァーニャではなく、エクストリア学院卒業生のセレン・リヴァーニャだから」
あなたもそうでしょうとセレン様に向けられた視線に、ルグリオ様も頷かれていらっしゃいました。
「うん。僕も今はエクストリア学院卒業生で、ルーナの婚約者のルグリオ・レジュールだから」
「だからって女子寮に入っているのも肯定されるというわけじゃないんだよ」
ルグリオ様の言葉を遮られたのは、片手におたまを持ったまま厨房から出ていらしたトゥルエル様でした。
「あんたがルーナのことが心配だったのは分かってる。だからってね、女子寮に私の許可なく入って良いってことにはならないんだよ」
「些細なことよ。大丈夫、皆も分かってくれているでしょう」
「むしろ大歓迎です」
「いつでもいらしてください、ルグリオ様、セレン様」
セレン様がルグリオ様を擁護されると、先輩方もそれに乗っかられました。
「そうですね。僕が焦り過ぎだったのかもしれません。申し訳ありません、トゥルエル様」
しかし、やはりルグリオ様は紳士でいらっしゃるので、深く頭を下げられました。
「ん。まあ、こういうのは一応形式が必要だからね。後はいいから次の試合も、最終戦だろう、しっかりやるんだよ」
トゥルエル様は頷かれると、それだけ言い残されて厨房へと戻られました。
「じゃあ、ルーナの無事も確認できたし、もちろん皆にも会うことができたし、僕はもう行くよ」
ルグリオ様は再びトゥルエル様に頭を下げられると、それじゃあと言い残されて私のおでこにキスをくださり、食堂をあとにされました。
「それじゃあ私も行くわね。実はまだお昼を食べていないのよ。それに、これ以上あなた達の昼食を邪魔しても悪いし」
セレン様は私の頬にキスをくださって、ルグリオ様を追いかけるように食堂の外へ向かわれました。
「ルーナ様はルグリオ様の前だとあのようなお顔をなさるのですね」
ルグリオ様とセレン様が出ていかれた後、1年生が何かいけないものでも見たかのような表情でぽつりとつぶやいていました。つぶやきは小さいものでしたけれど、奇妙な静けさを保っていた女子寮内には、先輩方にも後輩にも、そして同級生にも、湖面に落ちた水滴のごとく、波紋を広げました。
「素敵でしたね」
「私もあんな風な顔をさせてくれる婚約者がいたらなあ」
「私も」
「いや、リーテ。あんたはいつも婚約者の話をするときあんな顔をしてるよ」
「そういうリィズもね」
それからの昼食は先輩方が惚気られていたので、とても甘く感じられました。
「一番の原因はルーナだけどね」
私がそう言うと、メルには呆れられ、シズクとアーシャはうんうんと頷いていました。