竜の力
「リィン先輩っ」
索敵に出られていたシルヴィア先輩がかなり焦っている表情でお戻りになられたのは、何か生物の咆哮のようなものと、巨大な爆発音が私たちのいるところまで響いてきてすぐのことでした。
こちら選手も大分疲労が目立つようになってリタイアしている方もいらっしゃるのですけれど、こちら
の陣地まで侵入してきた相手選手は全員対処を終えて、ようやく一息つけるかといったところだったのですが、休んでいる暇はなさそうです。
「どうしたの」
「それが」
シルヴィア先輩の報告を受ける前に、その方は私たちの眼前に姿を現しました。
「おや、もう残っているのは僕だけか」
真っ黒な全身鎧を着て、背中の辺りからは同じ色の巨大な2枚の翼と長い尻尾のようなものがついています。
手の先にはそれぞれ鋭く尖った爪のような鎧が黒光りしていて、顔の目のある付近は金色の目のような箇所がついています。
「鎧ですか。あのような制服、もしくは運動服を使用しているとは思えませんが」
リィン先輩は訝し気に眉を顰められます。その疑問に答えたのはシルヴィア先輩ではなく、おそらくは相手校の選手と思われる黒い鎧の方でした。
「その通り。これは制服ではなく、僕の能力を使用するのと同時に発現する、いわば能力によって作り出される鎧といったところかな」
鎧越しのためか、くぐもった男性の声が聞こえてきました。
「この状態でいられる時間は長くないし、そもそもこの状態になるのに時間が掛かるんだけど、まあ、それはいいや。とにかく、僕がこの状態でいられる間に勝負をつけさせてもらうよ」
そう聞こえた時には、すでにシルヴィア先輩のすぐ前にその黒い鎧の方が、まるで転移でもしているかのような速さで拳を振りかぶっていました。
声を上げる間もなく、まさに殴り飛ばされたシルヴィア先輩は流れる滝にぶつかり、岩壁に跳ね返されて、着水されて気を失っていらっしゃる様子でした。
シルヴィア先輩の様子が気になりましたが、それ以上に目の前の方から目を離すことができません。
「あなたは一体・・・・・・」
もちろん聞いたところで話してくださるとは思っていなかったのですけれど、目の前の黒鎧の方は気前よく話してくださいました。
「ああ、この力のことかな。これは僕の能力の一つで、解放することで竜の力を得られるってものなんだ」
ちょっと扱いづらいのが難点だけどねとおどけるような口調でそのようにおっしゃられました。
「竜ですって」
リィン先輩は疑うような眼差しを、しかし信じられないと言うことも出来ずに鋭くその方を見つめられます。
「正確には黒竜なんだけどね。名乗るのが遅れたけれど、僕はサイリア特殊能力研究院5年、ユルシュ・ヴァニアス。僕の家系では代々この力を受け継ぐみたいなんだ。どうしてとか、理由はよくわからないんだけど」
そこまでおっしゃられると、ユルシュ様は後ろを振り向かれて頭を下げられました。
「実はあんまりこの姿にはなりたくはなかったんだ。一応、制御は出来るんだけど、変身するときに一々爆発するのが止められなくて、味方まで巻き込んじゃうからね」
再びこちらを振り向かれたユルシュ様の漆黒の鎧から感じられる威圧感に、思わず半歩だけ下がってしまい、それではいけないと一歩前に踏み出しました。
「一部の変身とかも出来ると言えば出来るんだけど、あなた達が皆強くてね」
構えられた拳から黒色のオーラのようなものが溢れ出してます。
「一応、上に止められない程度には抑えるつもりだけれど、もし、万が一があったらごめんね」
直後、目の前にいたはずのユルシュ様の姿が掻き消えたかと思うと、目の前に拳が迫っていました。
「ルーナ様っ」
シエスタ先輩の焦ったような声が聞こえるよりも早く、私は正面に可能な限りの障壁を展開します。
作り得る最高の速度で30枚ほど展開していた障壁は最後の一枚が砕かれたところで、ようやく相手の進撃を止めてくれました。
「僕の拳を止めるなんて、やりますね」
続けざまに薙ぎ払われた腕、というよりも爪は、大地を抉り、水を割り、周囲の小石を吹き飛ばして大地を露出させます。
飛んできた砂利が私の運動着を切り裂いて、さらに裂けた服の下の腕から血がポタポタと足元に垂れ落ちます。
「ルーナ、平気」
同じように運動着を、そして腕や太ももの辺りを裂かれたリィン先輩がご自身の傷を治癒されながらこちらを見ずに話しかけてこられました。
「ええ、問題ありません。リィン先輩は」
「この程度の怪我なら大丈夫だけれど、あまり見られたくはないわね」
リィン先輩は治癒の魔法を使いながら裂けた運動着を結ばれていましたが、もちろん縫合は出来ず、服の裂け目から下着と肌がちらちらと覗いています。
私も同じように治癒魔法をかけて傷を塞ぐと、改めて目の前を見据えます。
「どうかされましたか」
目を見開いてこちらを凝視しているユルシュ様は、私たちはまだ攻撃を仕掛けていないにもかかわらず、鼻の辺りを押さえていらっしゃいます。
「いや、自分でやっといてなんだけど、思わぬ眼福、じゃなかった光景に興奮、いやとにかく良いものを拝ませていただきました」
「最低ですね」
合掌されたユルシュ様にシエスタ先輩が凍るような視線と、全く温度を感じられない冷たい声を吐き捨てられます。
「いやいや、僕も狙ってやったわけじゃないから。本当だから。・・・・・・そりゃあ、目の前で可愛い女の子達があられもない姿をしていれば興奮するのが男の、って危ないっ」
ユルシュ様が言い切らないうちに、シエスタ先輩から鋭く尖った氷柱が彼をめがけて発射されました。
「潰れたらどうするんだっ」
「潰れればよかったのに」
「何がかなっ、ねえっ」
一番後ろで校章を守っていてくださったシエスタ先輩は無傷だったようで、私たちに後ろに下がるようにとおっしゃられました。
「ルーナ様とリィン先輩はそのまま下がっていてください。あの破廉恥な輩は私が片づけます」
「破廉恥って、ちょっとひどくない」
「わざとではなければ何をしても許されると」
シエスタ先輩の発せられる声に、うっと声を漏らされたユルシュ様は、黒い翼をはためかせて、思わずといったように後退されました。