油断はしていません
「話しは済んだのかい」
豹のような姿をしたサイリアの選手は、ポリポリと頭を掻きながら面倒くさそうにこちらに話しかけてきました。
「待っててくれるなんて紳士なところもあるのね」
リィン先輩は前に出ようとした私たちを手で制されて背中に庇われると、彼に向かって一歩踏み出されて、大地を踏みしめて構えられました。
「すぐ終わっちまったらつまらないからな。だが、そっちの話が済んだのなら遠慮なく行かせてもらうぜ」
ドンッ、という重く弾けるような音が聞こえた時にはすでに、リィン先輩は整ったお顔を歪められて、腕を交差して一点に集中させた障壁で、豹のような姿に変身している相手選手の拳を受け止めていらしゃいました。リィン先輩の障壁に受け止められたはずの振動が、空気を伝わって私の頬をわずかに叩きました。
「くっ」
膝こそつかれてはいないものの、川辺の小石の上を滑るように飛ばされてきたリィン先輩からうめき声が聞こえてきました。
「まったく出鱈目ね。反射障壁を重ね張りしたこちらが飛ばされるなんて、本当に嫌になるわ」
私たちが不安そうな顔をしていたからでしょうか、リィン先輩は大丈夫よとでも言うように小さな笑みを浮かべられました。
「心配しないで。こっちは任せて」
「良いねえ。そんじゃあ、もっといくぜおらぁっ」
大地に抉られたような跡を残して、爆発音とともに殴りかかってきた相手の側面を軽く、本当に軽くリィン先輩が撫でるように手の甲で弾かれました。すると、私たちが声を上げる間もなく、相手選手は勢いよく飛ばされて、周囲を囲んでいる岩肌に勢いよく激突しました。
「なんだここは、どうして俺が」
相手選手は自分に起きたことを理解できていないようで、辺りをきょろきょろと見回しています。
「まあ、いいか。いくぜこらぁっ」
特に気にされていない様子で、先程と同じように空気の弾ける音とともに物凄い速さで突っ込んできた相手を、屈み込んだリィン先輩はまさに丁度のタイミングで立ち上がるのと同時に手のひらを上に向けてお腹の下から突き上げられました。
「ぐっはあ」
相手の方はこちらに突っ込んできたそのままの勢いで空高く打ち上げられて、そのまま落下してきて川辺にものすごい勢いで激突されました。
「何をしたっ」
彼は鼻血を拭いながら、鋭い眼光と共にこちら、リィン先輩を睨みつけました。
「女性は武術を嗜まないとでも思いましたか。武術とは本来、か弱い女子供でも大の大人を相手に出来るようにと考えられたものなのよ。先程まではつい熱くなってしまっていたけれど、別に使えないというわけではないのよ」
リィン先輩は冷静に相手を観察しながら同じように構えられます。
しかし、相手もさるもの、すぐさま態勢を立て直されると、今度は無暗に突っ込んでくるのではなく、こちらを観察して円を描くように歩きながらこちらの隙を狙っているようです。
「余所見ばかりしていていいのですかっ」
後ろから蛇のようにうねうねと動きながら迫ってきた水流を、シエスタ先輩が瞬時に凍らせて、私が地面から杭を伸ばして凍ったそれを粉々に砕きます。
「余所見をしているのと油断をしているのは違います。ここは私の結界の中。反応できないはずがありません」
「それに相手を一人に任せるはずもありません」
「うおっ、ぐっ、がふっ、げほっ」
相手選手の顔に水球が続けて放たれ、まさに息をする間もなく、その方は仰向けに倒れられました。そのまま地面を掘り下げて、相手の方の顔以外を地面の中に埋め込みました。
「しばらくそのままじっとしていてください」
私はシエスタ先輩と向かい合って手を合わせました。
「ごめんっ、抜かれてたっ」
こちら側の相手を退け、リィン先輩の方の援護に回ろうと思ったところ、土煙をあげて崖を滑り降りながらシルヴィア先輩が戻っていらっしゃいました。
「他の皆は相手の選手を追っていったみたいだけど、もうこっちに抜けてきているかも・・・・って心配はいらないみたい、ですね」
シルヴィア先輩は倒れていたり、埋まっていたりする相手を一瞥されるとすぐにリィン先輩へと向き直られました。
「ええ、でも助かるわ。ありがとう、シルヴィア」
「リィン先輩。いえ、恐縮です」
シルヴィア先輩は緩みそうになっていた頬を引き締められると、リィン先輩の前に倒れていて動かない様子の相手選手を警戒してはいたようですけれど、すぐに身体を回されて、シエスタ先輩の様子を確認されました。
「シエスタ、大丈夫」
「ええ、今のところは問題ありません」
「そうは言うけれど。少し休んでなさい。代わりは私が務めとくから」
「あっ」
シルヴィア先輩は半ば強引にシエスタ先輩を近くの丁度いい大きさの石の上に腰かけさせられました。
「シルヴィア、私は―—―」
「いいから、休んでなさい。まだ次も試合があるんだから。そんな風に睨んでも、可愛いだけで全然怖くないわよ」
何のかんのと言いくるめられて、結局、シエスタ先輩はじとっとシルヴィア先輩を睨みつけながら、しぶしぶではありましたけれど、脚を揃えてちょこんと石に腰かけられました。