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サイリアの先兵

 渓谷を模したこのフィールドでは、通常であれば川岸の砂利を踏みしめる音、崖を下って、あるいは滑り降りて来る音が聞こえるため相手の接近には気付きやすい地形であるはずなのですが、あいにくと私たちの陣地の近くに滝が流れ落ちてきているため、視覚的にはとても綺麗ではありますが、こと競技に関して言うならば、攻めて来る方向が分かって助かる反面、接近が分かりづらいという欠点もあります。


「でしたら、この滝をどうにかしてしまえばよろしいのでは」


 シエスタ先輩が本気ともとれる真面目な口調でさらっとおっしゃられました。


「どうにかできるのですか」


「それがルーナ、のご意思であるならば」


 意思、というほど大層なものではなくて、静かになった方が守りやすいのではと少し思った程度だったのですけれど、シエスタ先輩はどこか張り切っていらっしゃるようでしたし、魔力の方は心配いりませんと言われてしまいました。

 ほんの思い付きが随分と壮大なことになってしまって困っていると、リィン先輩がふんわりとした笑顔で、私の肩に手を添えられました。


「本人が問題ないって言っているのだから大丈夫でしょう。任せてみましょう」


 シエスタ先輩は滝壺に焦点を合わせられると、その美術品のような顔を一瞬だけ顰められました。次の瞬間には、滝は通常通り流れてはいるものの、渓流の流れるさらさらという音と背後の茂みのカサカサと擦れる音以外はほとんど聞こえなくなりました。


「これは、一体・・・」


「なるほど、そう言うことね」


 私が起こった現象に驚いて目を瞬かせていると、リィン先輩はサファイアの瞳を細められて面白そうに微笑みを漏らされました。


「きっと、滝の落下地点を覆うように遮音障壁を張ったのね。流れを止めてしまうとか、渓流自体を凍らせてしまうといったことも懸念してはいたのだけれど、ずっと上手ね」


 リィン先輩の称賛を受けて、シエスタ先輩は雪のように白い肌をほんのりと赤く染められました。


「お褒めいただき光栄です。私はその、あまり身体が丈夫ではないので、あんまりたくさん魔力を使い過ぎると倒れてしまうんです。ですので、出来るだけ無駄なく使うことを心掛けていまして」


「立派な心掛けだわ。キャシー、は大丈夫そうだけど、聞かせてあげたいのが何人も思い浮かぶわね」


 リィン先輩が指折り数え始められたのを見て、シエスタ先輩は静かな笑みを漏らされました。





 その時、私の作った結界内に何かが侵入してくるのを感知して、そちらを振り向きました。

 私が振り向いたことに驚いたのかどうかはわかりませんけれど、一度だけ、砂利を踏みしめる音が聞こえてきました。


「どうかした、ルーナ」


 リィン先輩は気付かれていらっしゃらないようでしたし、実際、近くに人影や使い魔、私たち以外の動くものの反応はありません。私が見ているため、動きを止めているのだと思われます。


「何かがこちらへ近づいてきています。臨戦態勢でいた方がよろしいかと」


「私の知覚には引っかからなかったけど、ルーナが理由も根拠もなく言うとも思えないわね」


 シエスタ先輩は瞳を閉じて、こめかみに人差し指を当てられています。


「ええ。最外層を突破されたみたいです」


 試合が始まってから常時展開し続けている3層のうちの最外層、一つは校章を守るもの、もう一つは私自身を守るもの、そして接近してきてもギリギリ対応可能な範囲を設定したもの、その層自体には防御機能はないものの、危険を知らせるという意味では、試合時間内程度ならば持ちこたえられるものです。もちろん、攻撃を受けなければの話ではありますけれど。


「来る方向は分かるのですか」


 シエスタ先輩が私の視線の先を追いかけられます。


「ええ。とりあえず、最初の対応は私に任せてください」


「任せたわ」


 リィン先輩が呼びかけられると、守備陣の方達が広げていた輪を縮められました。

 先程の間隔では相手は地上には出ているようでしたけれど、いまだに姿は見えません。

 私は障壁へと意識を集中して、障壁に歪みが出来た地点へと攻撃を加えます。

 初撃に選んだのは光の矢を放つもの。速さを重視して、威力を下げたそれは、倒すまではいかなかったものの、確実に相手に命中した手ごたえを感じました。


「どうしてわかったんだ」


 攻撃が命中したことで相手の魔法、もしくは異能が解かれたのか、サイリア特殊能力研究院の紋章が入ったローブを纏った男子学生の姿が露わになりました。


「俺の異能は相手に気付かれないというものなんだけどな」


「そちらのことは分かりませんでした。私が感じたのは、私が作った障壁に起こった問題の方です」


 相手の方は肩をすくめられました。


「そっちも誤魔化せると踏んでいたんだがなあ。まあ、仕方ないか」


 戦闘態勢に入られたようで、ローブから手を引き抜かれました。


「もう一度使われなくてもよろしいのですか」


「ああ、あれを使っていると、こっちも他の魔法が使えないのでね。さすがに女性を殴るのは気が引けるし」


「シエスタ先輩、リィン先輩。私が彼の相手を致しますので、その間、こちらをお願い致します」


「分かりました」


「お願いね」


 彼の相手をするために他の方を割くつもりはありません。今彼が使用していた、おそらくは彼の異能力だとは思いますけれど、たまたま私は気付くことが出来ましたが、相手校の他の能力は未知であるため、対応できる人数は多いに越したことはないでしょう。そして、彼の、少なくとも先程の能力には私ならば対処は可能であるはずです。


「ルーナ・リヴァーニャです。お見知りおきを」


「もちろん知っていますよ。俺はイグニスタって者です。故あって家名は名乗れませんが、ご容赦ください」


 色素の薄い髪に特徴のない顔と声。鍛えてはいるのでしょうけれど、細身で身軽そうな身体。


「出来れば、あまり出会いたくないタイプの方ですね。もっとも、出会ったことに気付けるかどうかは分かりませんけれど」


 私が告げると、彼、イグニスタと名乗った少年は肩をすくめて、面白そうに口の端を吊り上げられました。


「おお怖い。これだけのわずかな時間でそこまで気づかれるとはね。さすがは姫様といったところですか」


「どうでしょうか。私は今まであなたのような方とお会いしたことは・・・なくはないですね」


「そうですか。それはそれは」


 私は姿を見せた暗殺者の彼を再び見失ってしまうことがないように意識を集中しました。

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