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多分、夕食を放り出して並ぶ価値はある

 三年生前期の終了はすなわち、私の学院生活も半分が過ぎ去ったということを意味しています。残りの半分が過ぎ去れば私は学院を卒業してルグリオ様のお嫁さん、つまりはこのコーストリナの王妃になるということです。

 もちろん、まだ試験が残っているため正確にはまだ半分は過ぎていないわけではありますけれど、こんな私で本当に大丈夫なのでしょうかという不安も沸いてきます。


「溜息をつくと幸せが逃げていくんじゃなかったの」


 今日も私たちは授業が終了した後、競技場で対抗戦に向けて攻撃組と守備組とに分かれて模擬戦を行い、その疲れもあってなのでしょうか、寮に戻ってきてお風呂でさっぱりとした後、ベッドに腰かけて思わずふぅとため息を漏らしてしまいました。


「もうすぐ試験だけど大丈夫、ルーナ。私でよかったら相談に乗るけど」


「ありがとうございます、アーシャ。心配をかけてしまいましたか」


「私のことはいいの。友達だもん、心配くらいするよ。ううん、むしろお節介かもしれないけど、心配させて」


 そんな風に見えるほど私は何か悩んでいるように見えてしまっていたのでしょうか。


「アーシャの厚意には本当に心から感謝しています。なのでこのように返答しなくてはならないのが心苦しいのですけれど、大丈夫です。このことは私が自分で乗り越えなくてはならないことですから」


「そうなんだ。・・・やっぱりちょっと悔しいな」


「アーシャ・・・」


 アーシャの浮かべていた笑顔は綺麗なものでしたけれど、どことなく寂しさを感じさせるものでもありました。


「きっと、そのルーナが今悩んでいる、もしくは不安に思っていることはルグリオ様にならお聞かせできることなんだよね」


「そう・・・だと思います」


「ルグリオ様と比べるなんて、とっても失礼なことだっていうのは分かっているんだけどね」


 アーシャは自分のベッドから立ち上がると、私のところまでとてとてと歩いてきて、私の隣に腰を下ろしたかと思うと、ポテンと私の膝の上に頭を乗せるように横倒れになりました。


「どうしたんですか、アーシャ。今日は何だかいつもより弱気ですね」


 私は膝の上の緩やかな金糸を静かに撫でながら優しく語り掛けます。するとアーシャはごめんごめんと謝りながら、名残惜しそうに上体を起こされました。


「最初はルーナの相談に乗ってあげるつもりだったのに、なんで私の方が励まされてるんだろ」


 私たちは顔を見合わせると、どちらからともなく微笑みを交わしました。



 私とアーシャが揃って夕食に向かうと、すでに席に着いているメルを見つけました。横ではシズクがもくもくと夕食を口へ運んでいます。私たちは夕食を受け取りに行くと、メルたちの前の席に座りました。メルは何事か考え込んでいるらしく、私たちが前に座っても気付いた様子はなく、フォークをゆっくり回して数本のスパゲッティを巻いたまま、口へ運ぶでもなく、うつろな目でそれを眺めています。


「メル」


 私が声をかけると、メルは驚いたように肩をびくっと震わせて、はっと気づいたように手を止めて私たちの方を見つめてきました。


「はっ。どうしたの、ルーナ、アーシャ」


「どうしたの、はこちらの台詞ですよ。何かあったのですか」


 メルはまた少し落ち込んでしまったようで、フォークを置くと、コップを一口煽って、こめかみのあたりに手を置いてはぁあと長いため息をつきました。


「何かあったんですか」


 同じクラスのシズクなら事情を知っているだろうと思ってシズクの方を見たのですけれど、シズクは頭を横に振りました。


「わかんない。試験に落ち込んでいるわけでもないだろうし」


 シズクの言葉を受けて、メルはさらに落ち込んでしまったようです。


「え、嘘、まさか本当に」


 シズクはまさかそんなことはないだろうと思って直近の、学院生全体の悩みとして当たり障りのなさそうな回答をしただけだったようで、図星だとは思いもよらなかったようです。


「メル、わからないところがあれば、私でよければ相談に乗りますけれど」


 私の言葉に続けて、アーシャとシズクも一緒に頷きます。


「・・・・・・わからないところっていうか、何で私はこんなこともわからないんだろうって自分に呆れていただけだよ」


「メル・・・」


 私は、半端な言葉ではメルには逆効果なのではないかと思って、掛けるべき言葉が見つかりません。

 「大丈夫ですよ、一緒に勉強しましょう」とか、「分からないところを学ぶのが学院なのですから、分からないことがあるのは当然です」などと励ましの言葉ならいくらでも思い浮かびましたけれど、どれも薄っぺらのようで、メルを引っ張り上げることが出来るかどうかはわかりませんでした。


「メル、大丈夫ですよ」


 私は立ち上がりメルの横まで移動すると、優しく頭を抱きしめました。瞬間、食堂のざわめきが一際大きくなったようにも感じましたけれど、気にせずメルの髪をゆっくりと撫で下ろしました。


「大丈夫、大丈夫」


「もう、何が大丈夫なのかわからないよ」


 しばらくそうしていると、メルはいつものように眩しい笑顔を浮かべて私を見つめ返してくれました。


「ありがとう、ルーナ。おかげで元気が出たよ」


「それは何よりです」


 私は席に戻って夕食の続きを食べようと思ったのですが。


「・・・何ですか、これは」


 いつの間にやら、私の後ろにはアーシャを先頭にたくさんの生徒が列を作っていました。


「はーい、押さない押さない。一列に並んでね」


「焦らなくても時間はあるから大丈夫よ」


「ほらそこ、はみ出さないで」


 列の整理をされる方までいらっしゃるほど長蛇の列が出来上がっていました。


「えっ、何って、もちろんルーナに頭を撫でて貰うのの順番待ちに決まっているじゃない」


 アーシャはけろりと言い放ちました。


「いやー、試しに並んでみたらどんどん後ろに並ばれちゃって」


 てへっと可愛らしく舌を出していますが、あまり笑えるような状況ではありません。


「先輩方まで、何故並んでいらっしゃるのですか」


「いいじゃない、減るものじゃないんだし」


「そうそう。ルーナのハグなんて滅多に体験できるものじゃないし」


「私は一応まだ食事中なのですけれど」


 一縷の望みを託してトゥルエル様を見つめます。


「あんまり遅くなるんじゃないよ」


 結局私は女子寮生ほぼ全員を相手にすることになりました。

 翌日、その話を聞いて暴走された一部の男子生徒がクラスメイトに阻まれて膝をついていたのですけれど、私には関係のない話でしたので特に気にしたりはしませんでした。




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