冒険者とのいざこざ
「おいおい、いつからこんなに小さなガキが冒険者なんてやれるようになったんだよ」
ロックリザードを討伐して戻ってきた私たちは、ガラの悪そうな冒険者の方に絡まれていました。どうやら彼は少し酔っぱらっていらっしゃるようで、言葉遣いこそまともなものの、顔は赤く染まり、声も他の方の迷惑になるのではないかと思うほど大きなものでした。
「ヴォルケン様、冒険者には国境も、年齢の制限もございません。全ては自己責任ですので、本人さえ望めば老人から子供まで、男性でも女性でもどなたでも登録していただけます」
受付のソフィー先輩は舌打ちでもしたかのような険しい顔を浮かべられましたが、一瞬ののちには素敵な笑顔を張り付けられて丁寧に対応されていました。
「おい嬢ちゃんたちよ、これは親切で言ってやってるんだぜ。冒険者なんてやめて、おい、聞けよ」
私たちはヴォルケン様を無視して受付に成果、ロックリザードを提出しました。周囲からはどよめきが起こりざわついていましたが、ソフィー先輩は眉を少し動かされただけで平然と業務をこなされていました。
「たしかにお預かりいたしました。査定が済むまで今しばらくお待ちください」
「おい」
ソフィー先輩がロックリザードを奥へと運ばれたため、私たちも椅子に座って待っていようと思い横を向いたところで後ろから声をかけられました。
「なんでしょうか」
アーシャが、何で反応しちゃうのよと聞こえるか聞こえないかの小さなうめき声をあげていましたが、一度無視してもわざわざ声をかけてきたことから、何度無視していても結局絡まれてしまうのなら早めに済ませてしまおうと思っていた私は、出来るだけ平静を装って返事をしました。
「なんだあれは」
「ご存じないのですか。あれはロックリザードと呼ばれている魔獣で、その―—―」
「そういうことを聞いているんじゃねえんだよ」
正直に答えたのに何故か彼を煽るような結果になってしまったようです。ヴォルケン様が私たちの元へつかつかと歩み寄ってきて、胸倉をつかまれそうになった私は、その手を避けてアーシャたちのいるところへと一歩後退しました。彼の手は服を掴み損ねてむなしく空を切りました。
「避けるんじゃねえよ」
「おっしゃる意味がわかりません。なぜ、こちらに対して明らかに害意があると思われる暴力を甘んじて受けなくてはならないのでしょうか。必要性を感じません」
「なんだと」
「あなたがやろうとしていたことは、明らかに自分より年下の、それもこんなに可愛い学生に、自分が気に入らないからという理由で難癖をつけて、あまつさえ暴力まで持ち出したのですよ」
私がアーシャ、メル、シズクを見回しながら返答すると、ヴォルケン様を除いてその場にいらした方々から吹き出したような音が漏れて聞こえました。一人や二人といった数ではありません。
「てめえ」
ヴォルケン様の指が腰に下げられている剣の柄へと掛けられます。さすがに、武器まで持ち出されたらこちらも応戦しないわけにはいきません。周りで見ていた方も椅子を引いて立ち上がるような素振りをみせられたのですが、その剣が引き抜かれる前にストロベリーブロンドをなびかせた女性が私たちの間に割って入られました。
「はい、そこまでにしてくださいね」
ソフィー先輩はヴォルケン様が剣の柄へと掛けられた指を払い落されると、私たちを庇うような位置取りでしたので表情は窺えなかったのですけれど、とても楽しそうな声で告げられました。
「ヴォルケン様。組合内で、それも学生に手を挙げるのは感心致しませんね。幸運なことに、まだ武器を抜かれてはいませんでしたので、これ以上やるとおっしゃられないのならば私としてもここで引きさがりたいのですが」
「関係ない奴はすっこんでろよ」
「関係ないことはありません。ここは冒険者組合で私はそこの職員ですし、それに彼女たちは私の後輩ですから」
ソフィー先輩が髪を撫で挙げられたので、美しい赤金の長い髪がふさっと広がりました。
「もしどうしてもとおっしゃるのならば、僭越ながら私が対応させていただきます」
ただロックリザードの討伐を報告しに来ただけで、ここまで大事になるとは思っていませんでした。メルたちは事態に付いて行けずにあわあわとしています。
「大丈夫よ。お姉さんに任せなさい」
そんな空気を感じ取られたのか、ソフィー先輩は振り向かれてガッツポーズを取られました。その姿はどことなくセレン様に似ていらして、私はこくりと頷きました。
「組合内で暴れられても困るので外に出ましょうか」
組合前の地面には開始線が引かれ、ソフィー先輩とヴォルケン様が向き合っていらっしゃいます。私たちは他の見物人の方―—―この場にいる全員の方ですが―—―と一緒にハラハラしながらお二人の様子を見つめています。
「ソフィーが心配ですか、ルーナ様」
同じように観戦に出てこられた組合の職員の方に話しかけられました。
「少しは。とはいえ、セレン様がご自分の後継に選ばれた方ですし、不要な心配とは思うのですけれど」
「ルーナ様はエクストリア学院でいらっしゃいましたね」
そういえば、とその女性の方は頷かれました。
「そちらの好きにかかってきてくださって構いませんよ」
「なんだかちょっとわくわくするね」
ソフィー先輩の様子を見て、アーシャも興奮しているようでした。緊張しているのとは違う様子で握り拳を胸の前でぎゅっと握りしめています。
一呼吸おいてから、職員の女性の方は話を再び続けられました。それと同時に、ヴォルケン様が目くらましのつもりなのか鋭い閃光を破裂させます。
「ですが心配には及びませんよ」
眩しい光に目を細められながら、全く心配ないという口調で続けられます。
「職員になるには当然試験もございます。その中にはこういったいざこざを修めるだけの実力を示すことも含まれていますから」
ソフィー先輩は閃光をものともされていない様子で、振り下ろされた剣戟を拳で受け流されました。受け流された刀身は、薄く地面に刺さっています。
信じられないといった様子で固まっていらっしゃるヴォルケン様の頭が一瞬、物理的に凍り付いたかのように見えました。
しかし、次の瞬間には何事もなかったかのような元の様子のヴォルケン様の前でソフィー先輩が笑顔を浮かべていらっしゃいました。
「頭はお冷えになりましたか」
頭を冷やすっていうのはそういうことじゃありません、という突っ込みが観戦者全員から聞こえたような気がしました。
「皆さん心配されずとも大丈夫ですよ。死なない限りは確実に治癒させられますから」
唖然とする私たち観戦者にそのように告げられたのち、再びソフィー先輩はヴォルケン様に向き直られました。
「まだ続けられますか」
ヴォルケン様が首を横に振られると、ソフィー先輩はややつまらなそうな表情を浮かべられた後、にっこりとした花のような笑顔を浮かべられました。その部分だけを見れば、まさに年頃の女性といった見る人を引き付けるようなものでした。
「これに懲りたら今後はあのような真似はなさらないでくださいね。今度は氷像にしなくてはならなくなるので」
もちろん冗談ですよとソフィー先輩は振り向きざまに私たちに向かって告げられましたが、皆さん一様にこくこくと首を縦に振られていました。