月からの
学内の選抜戦を勝利で飾り、大いに盛り上がった祝勝会から数日、丁度雨季に差し掛かるころ、私はいつものように早朝の走り込みに出掛けようとしたのですけれど、ベッドから起き上がろうとしたときに腰の辺りに鈍痛を覚えて、起こしかけた身体を再びベッドに沈めました。
「あっ、痛っ」
思わず漏れてしまった声が想像以上に大きくて、私は慌てて口を押えると、隣のベッドで寝ているアーシャの様子を窺いました。幸いなことに、アーシャは目覚めている様子ではなく、私はほっとして胸を撫で下ろしました。
一応、治癒の魔法を使ってみようとは思ったのですが、少し考えることがあって思いとどまります。確か学院でこのことについて教わった時には、治癒の魔法は効果が薄いと言われた記憶があります。というのも、怪我をしていたり、病気に罹っているわけではなく、あくまでも成長の段階として訪れる、言わばこの状態になっていることが普通なので、痛みを抑えることは出来ても治るということではないからということです。
そういえば、昨日、お風呂から上がった時、夕食の辺りから少し腰の辺りが重いような感じはしていました。
「まあでも、何もしないよりは良いですよね」
治癒の魔法をかけると、調子がすぐれないのは相変わらずでしたが、とりあえず痛みは少しは引いたようです。
「とりあえず、これをどうにかしなくてはいけませんね」
私はだるさを感じる身体を何とか起き上がらせると、布団とシーツに浄化の魔法をかけました。
「ルーナ、どうかしたの」
相変わらず朝に弱い様子のアーシャを起こすと、私たちは一緒に走り込みに出かけました。
「どう、とは」
「うーん、何ていうかちょっといつもと違う感じが」
並んで走りながら、アーシャは私の顔を覗き込むような格好でまじまじと見つめてきます。
「気にしないでください。今日はちょっと、その」
「あー、いいよ、わかったわかった」
途中まで言ったところで事情を察してくれたようで、アーシャは手を振ると再び前へ向き直りました。
「えーっと、こういう時はおめでとうとか言った方が良いのかな。でも、本人はそれどころじゃないよね」
「お気遣いありがとうございます。ですが先程、起きてすぐに対処はしておいたので大丈夫ですよ」
「そう。でも、あんまり無理はしないようにね」
「はい」
私たちはいつもより気持ちゆっくりとしたペースで、体調を確認しながら走りました。
「それじゃあ、お祝いしないとね」
授業を乗り切って寮に戻ってくると、アーシャが張り切って部屋を飾り付け始めました。
私は別に大丈夫ですと言ったのですけれど、アーシャは首を横に振りました。
「だってこれでルーナもお世継ぎを残せるようになったんでしょう。だったら、国民として、もちろん友達としてお祝いしないと」
「お祝いって、何をするつもりですか」
「いいからいいから」
ちょっと待っててと言い残して、アーシャは部屋を出ていき、しばらくすると、両手にどこから持ってきたのか小さな包みを持って戻ってきました。
「トゥルエル様に話したら、それはおめでたいじゃないってこれを貰ったよ。それから、ルグリオ様にも報告してくださるって言われたよ」
「そうですか」
アーシャが包みを開くと、中にはやはり小さなクッキーが入っていました。まさか、今の一瞬で作れるはずもありませんから、作り置きされていたものでしょう。
「それじゃあ、ルーナが無事に初めての女の子の日を迎えたことを祝して」
私たちは暖かい紅茶の入ったカップを小さく掲げて、感謝を込めて口を付けました。
「じゃあ、明日から行こうと思っていた実習にはいかない方が良さそうだね」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
私が頭を下げると、アーシャはじーっとこちらを見つめて、分かってないなあとため息をつきました。
「迷惑なんてことは全然ないよ。それともルーナは私やメルやシズクにも同じように月からの使者が訪れた時にそう思うの」
「いえ、そんなことはありません。そうですね。失礼しました。お心遣いありがとうございます」
学院とメルたちには私から伝えておくからと言ってアーシャが部屋を出ていかれたので、私は一人で部屋に取り残され、ベッドに横になりました。自分の身体の変化には、不安も喜びも同時に感じます。
「明日から休日で本当に良かったです」
朝は平気だと思っていたのですけれど、身体を横にしている方が楽でしたし、アーシャには申し訳ないのですけれど、本当なら眠ってしまうのが楽だと思っていました。
本当ならお母様やお姉様にも相談したいところでしたけれど、まさかそんなことが今の状況で出来るはずもありません。
「ルグリオ様はどう思われるでしょうか」
やはり、喜んでくださるのでしょうか。まさか転移して聞きにいくことなど出来るはずもないので、私は一人でベッドの中で布団を頭までかぶって悶々としていました。